#15 何 英洛先生

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富山大学研究者インタビュー#15

2024年8月20日12:00

 

 

 

 

 

 

CO2から有機物へ

 

 

 

何英洛先生
富山大学 学術研究部工学系・特命講師

 

 

何英洛(か えいらく)先生は、二酸化炭素を原料とした化学合成の触媒を研究しています。

 

紹介

 産業革命以降、人類は多くの化石燃料資源を使用するようになり、二酸化炭素(以下、CO2)などの温室効果ガスが排出されるようになりました。また、現在では私たちが日常で使用しているものの多くに石油(主成分は炭化水素)を原料にしたプラスチックが使われており、資源の枯渇も問題となっています。CO2から炭化水素などの有機物を作ることができれば温室効果ガスの削減や石油などの資源枯渇問題を解決するための大きなステップとなりますが、ついにこのプロセスの実用化が現実味を帯びてきました。

 この研究に携わる何(か)先生は中国・浙江省のご出身で、本学工学系触媒・エネルギー材料工学研究室の椿範立教授のもと修士号・博士号を取得されました。「温室効果ガスや地球温暖化問題に興味があり、化学の道に進みました。富山大学の椿先生は世界トップの研究者です。中国の先生に紹介してもらい、椿研で研究をさせてもらうことになりました。」現在も椿研究室でCO2やメタンの活用に関する課題に、主に触媒化学の視点から取り組まれています。

 

触媒を操る

 触媒は化学反応を効率に進めるために使われる、主に金属からなる物質です。触媒自身は化学反応の前後で変化しませんが、原料物質を触媒に接触させることで、化学変化に必要なエネルギーを小さくしたり、特定の化学物だけを生成させる機能を持ちます。例えばCO2から炭化水素を作るには、まずCO2から炭素を取り出すことが必要になります。しかしCO2のC=O結合(炭素-酸素二重結合)は非常に安定していて、切り離すのに大きなエネルギーが必要です。そのエネルギーを小さくする機能を持つのが触媒です。このように触媒は現在の錬金術師のような物質であり、現在化学プロセスの90%以上で触媒が使われています。

 現在、CO2を原料とした有機物への化学プロセスでは、メタノールを経由する方法と一酸化炭素を経由する方法の2つが主に検討されています。メタノールを経由する化学プロセスでは、①まずCO2はメタノール(CH3OH)に変換され、②メタノールから水を取り出し(CH3OH→CH2*+H2O)、その炭素間を繋ぎ合わせることで(…-CH2-CH2-…)、LPG(液化石油ガス)やその他の化学物に変換することができます。①②は異なる化学反応ですので、異なる触媒を2種類使用する必要がありますが、通常の方法では①と②の反応に関わる触媒粒子がランダムに存在するため、①で生成したメタノールが②の反応を経由しないまま系から出て行ってしまう=最終目的生成物の収率が低くなるという問題がありました。

 そこで、画期的な発明となった技術が椿研究室で生まれた「カプセル触媒」です(図1)。カプセル触媒では内側のコア(核)に①の触媒を配置し、メタノールを生成させたのち、シェル(殻)に配置されている②の触媒の中に閉じ込めることが可能です。その結果、メタノールが②の触媒と接触する確率があがるため、最終目的生成物の収率を高くすることができます。また、コアの粒子が小さいほど、メタノールを長く繋げることができるため、全体として触媒の量を減らす効果もあり、全体的なコストメリットにもつながります。このように、触媒の化学的構造だけでなく、物理的構造の面からもアプローチすることで、プロセス全体の大きな改善が達成されたのです。この技術はその他の複数の触媒を用いる化学プロセスでも応用できる画期的なものです。

 

図1. カプセル触媒を使用したCO2からLPGの合成経路イメージ図(物質名 筆者加筆)
内側のコアの部分でCO2をメタノールに変換し、外側の殻の部分でメタノールをLPGに変換する
https://doi.org/10.1246/bcsj.20220344

 

CO2からペットボトルを作る

 また、CO2からペットボトル用樹脂やポリエステル繊維の原料であるPX(パラキシレン)を製造する技術も確立されつつあります。PXは使用量が多いにも関わらず、現在石油から製造されているため、新たな製造方法が模索されてきました。CO2を原料として合成するにはいくつもの工程を経由する必要があり、実用化にはつながっていませんでしたが、椿研究室では先ほど紹介したカプセル触媒の技術も応用し、CO2から1工程でPXを製造する技術を開発しました。現在NEDOや民間企業と共同で実用化に向けた取り組みを進行中です。

 

図2. CO2からPX(パラキシレン)を合成する経路図。
通常6工程を経由する必要があったが、1工程でPXを製造できるようになった。
http://www3.u-toyama.ac.jp/tsubaki/japanese/jtop.html

 

富山大学カーボンニュートラル物質変換研究センターでの取り組み

 2021年、富山大学全体でカーボンニュートラルへの取り組みを強化するため「カーボンニュートラル物質変換研究センター」が設置され、学内の組織を超えて協力する体制が整えられました。そのセンター長は椿教授が務められており、触媒・エネルギー工学部門で何先生もご活躍されています。「企業と共同で、特に実用化に向けた研究も進めています。CO2やメタンなど温室効果ガスを原料とした化学合成ではスケールアップと特にコストダウンの課題が突破できれば実用化や普及が一気に進むと思います。また、富山大学にはCO2利用に必要な水素製造の研究をされている先生もいらっしゃるので協力して技術開発に取り組んでいきたいです。」

 

 

おわりに

 近年多くの企業で環境問題への意識が高まっており、今回紹介した技術で生成されるPXも飲料、衣料品など多くの業界からすでに引き合いがあるそうです。「私たちの研究室では基礎研究をしていますが、実用化に繋がるものばかりだと考えています。今後、2050年までにカーボンニュートラルを達成し、いつか全てのプラスチック製品がCO2から作られるようになったらいいと思います。」今回紹介した他にも何先生は様々なテーマに取り組まれており、今回のインタビューでも椿研究室の研究内容を全て把握されている様子が伺えました。また、日本語も流暢で、日本企業との共同研究にも参加されています。常にスケールアップを見据えて取り組まれている何先生の研究から生まれた製品を私たちが手に取る日も遠くないかもしれません。

 

(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)

 

【研究室が所有する知見や技術】

ガスクロマトグラフィーなどを用いた触媒評価装置の他、走査電子顕微鏡(SEM)での表面構造観察や元素分析、X線回折(XRD)での結晶構造評価、高精度ガス/蒸気吸着量測定装置での触媒の比表面積・細孔径・細孔容積等の物理的性質分析、触媒分析装置での固体触媒表面構造の解析などが可能。富山大学五福キャンパスの2棟にわたって大型設備を含めた数多くの実験設備を所有している。

 

【リンク先】

富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/yingluo-he

椿研究室ホームページ http://www3.u-toyama.ac.jp/tsubaki/

富山大学カーボンニュートラル物質変換研究センター http://www3.u-toyama.ac.jp/tsubaki/japanese/cn_reserch_center.pdf

researchmap https://researchmap.jp/yingluohe

 

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