富山大学研究者インタビュー#14
2024年7月31日12:00
和漢薬から神経修復メカニズムに迫る
楊 熙蒙先生
薬学・和漢系 和漢医薬学総合研究所 神経機能学領域(神経機能学ユニット)・助教
(富山大学杉谷キャンパス研究室にて 撮影:筆者)
楊先生は、様々な和漢薬から認知症をはじめとする神経変性疾患に対して効果を示すような画期的な薬物を探索し、それらの作用メカニズムを明らかにする研究をしています。
楊先生の現在までの研究成果の中で最も有望なものとして、「ジオスゲニン」という化合物があります。ジオスゲニンは山薬などの生薬に含まれる成分の一つで、ステロイド骨格を持つことから、多様な生理活性を示すことが知られています。
楊先生は幼い頃から和漢薬に親しんできたので、薬学部への進学は自然な流れだったそうです。「それでも、」と楊先生は目を輝かせて当時のエピソードを話してくれました。「損傷した脳の神経回路を修復するという最先端の神経科学に関する研究と、古くから伝統的に用いられてきた和漢薬研究が結びつくなんてそれまで考えたこともなく、私の世界観の外にあるものだったんです。衝撃的でした。」
この驚きが後押しとなり、東田千尋先生の研究室への所属を決心するに至りました。研究室では、神経変性疾患や老年性疾患の克服を目指し、治療と予防を実現する画期的な治療薬を見出すことと、病態を制御する生体の仕組の解明に関する研究が行われていて、楊先生はまず、“ジオスゲニンがどのようなメカニズムによってアルツハイマー病モデルマウスの記憶障害を回復するのか”に関する研究から出発することにしました。未知の領域に触れる緊張と高揚感を抱きながら研究を進めていく中で、楊先生はジオスゲニンによる記憶回復作用には、脳内における軸索(神経突起のうちの一つ)の再伸長が特に重要であることを証明し、さらに脳での軸索再伸長に関わる新しい分子機序を多数突き止めるに至ったのです。これらの成果によって、「成体の脳において一度萎縮した軸索の再生は極めて困難である」とする従来の定説が覆る可能性が見えてきました。
脳では、個々の神経細胞から一本長く伸びる神経突起の「軸索」が、別の神経細胞に向かって投射し、シナプスを形成することで神経伝達が可能になり、様々な神経機能が維持されています。けれども、アルツハイマー病では、アミロイドβが蓄積することによって脳内の神経回路が破綻し、認知機能障害をはじめとした様々な脳機能障害が引き起こされます。一般的に、成熟した成体の脳では一度変性した(萎縮した)脳の神経回路の修復は非常に難しいと考えられてきました。それゆえに、アルツハイマー病を根本的に治療するための鍵となる“神経回路の修復”は治療戦略としては実現不可能ではないかとされ、ほとんど着目されてこなかったのです。
ところが楊先生の研究グループでは、ジオスゲニン投与によってSPARCタンパク質が軸索上で増加し、それらSPARCが軸索の周囲に並ぶI型コラーゲンと相互作用するようにして、軸索をつながるべき正しい脳部位まで長距離に再伸長させることを初めて証明したのです。本研究成果によって、根本的な認知症の治療に向けての画期的な一歩が踏み出されました。
https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20230420_1.pdf
「ジオスゲニンやSPARCタンパク質のような、脳の萎縮した軸索を正しく再伸長させることができる発見は、実はアルツハイマー病の治療に貢献するだけではないと予想している」と更なる構想も楊先生は語ってくださいました。
難治性神経変性疾患の根治が難しいとされる理由の多くは、脳の神経回路の変性にあることから、もしジオスゲニンがそれらの疾患でも軸索を再伸長させることができるのであれば、より幅広い疾患の治療にも応用可能かもしれない、と期待しているそうです。楊先生は、この神経回路の修復戦略によって様々な疾患の治療につなげるだけでなく、脳の神経回路が修復されるために重要な脳内メカニズムを明らかにし、脳科学の発展にも寄与していきたいという夢を抱き、日々研究に精進していきたいとのことです。
(文責:学術研究・産学連携本部 URA加藤由美子)
【特許】
「軸索伸展剤」特願2020-139980
出願日:2020年8月21日、出願人:国立大学法人富山大学
【リンク先】
富山大学 和漢医薬学総合研究所 神経機能学領域
https://www.inm.u-toyama.ac.jp/research/neuromedical-science/
https://www.inm.u-toyama.ac.jp/arcem/FunctionalEvaluationTop.html
reserachmap
https://researchmap.jp/6688.mm/
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