富山大学 研究者インタビュー#23
2024年12月23日12:00
ミュージッキング
野澤 豊一 先生
富山大学 人文科学系・准教授
野澤先生は「musicking=音楽すること」というキーワードを手がかりに、
社会におけて音楽が持ちうる力を研究しています。
好きなアーティストのコンサートや気の知れた仲間とのカラオケなど、私たちは誰しも音楽を楽しむ場を通して、元気をもらったり、充足感を得たりした経験があると思います。しかし、同じ曲であっても、ある場面では人の体や心を動かす力を持つのに対し、一方ではその現象が起こらないということもあります。この現象は、従来行われてきた作曲・演奏技法、鑑賞などに焦点を当てた「音楽」研究では説明できません。野澤先生は音楽に関わる全ての活動を意味する「ミュージッキング」という概念で捉え、その社会的な意味を研究しています。
※以下、研究論文に則り、「アフリカ系アメリカ人」の表現に「黒人」という表記を使用します。
野澤先生はフィールドワークの対象を米国の黒人教会として研究を始められました。
「ブラックミュージックについて研究をすると決め、その予備調査で米国のブルースを演奏するバーなどに足を運んでいました。ある日、路上で演奏していたミュージシャンの一団に彼らが普段キリスト教会で演奏していると聞いたのをきっかけに、黒人教会の礼拝儀礼に参列するようになり、そのうちにすっかり魅了されてしまいました。」
黒人教会での礼拝儀礼は私たちがイメージするミサとはまるで異なり、脇にはロックバンドさながらの楽隊がいて牧師は説教も歌も上手く、参列する人々の気分も上がり、自然と歌ったり体を動かしたりして場が盛り上がっていきます。
動画1 ある黒人教会における礼拝の様子(野澤先生ご提供)
フィールドワークで訪れる教会に参列している方々の中には、その社会的背景から「子供が銃で撃たれた」という辛いエピソードを持つ方も少なくありません。牧師の説教を聞き、音楽が鳴り、皆で歌い、踊り、一体感を得るという活動=ミュージッキングはそのような方々の精神的な支えとしてもとても重要なものなのだと、この実体験を通じて感じたそうです。
「黒人教会での説教や使われる音楽は、参列する人たちが楽しめるものにどんどん形を変えています。ポップソングの影響も昔からあって、いまだとヒップホップ調の音楽も教会に入り込んでいる。説教を聞いて腹を抱えて笑ったりするのも普通のことで、だから皆参列したいと思うし、参加することで癒されるということに繋がるんですよね。今の日本にはメンタルヘルスの問題も多くあるのですが、こういった心の拠り所につながるミュージッキングってそれほどないと思いますね。」
しかし、日本にもミュージッキングの力を感じる文化があると言われます。その中で先生が現在着目しているのは「獅子舞」です。富山県では特に呉西(ごせい)と呼ばれる西側の地域で盛んに行われています。
「日本では近代化以降、土着的な音楽や踊りがとにかく否定されてきた。正解が求められたり、美しいものとか立派なものとか敷居が高ければ高いほど偉いという価値観ですよね。でも獅子舞は違って、自分たちで楽しんで、自分たちでできるスケールのものを作り出して、それをみんな楽しむ。そうやって盛り上がっている地域の獅子舞は、伝統を守りながらも、別の町内の人や女子でも参加できるようにするなど、より多くの人が楽しめるよう少しずつ変化を加えています。」
獅子舞をやっている方にインタビューをすると、ほとんどの人たちは「自分たちの獅子舞が一番だ!」と言われるそうです。自分たちが一番、と言い切れるものを持つことは、現代の日本人に必要なことです。
動画2 高岡市吉久地区での獅子舞の様子(野澤先生ご提供)
黒人教会、獅子舞など様々な「音楽」の力を感じる場でフィールドワークをされてきた野澤先生は、楽器・歌・踊り以外の要素も人の心を動かすのに重要な働きをしているものがあると言われます。
「まず、手拍子はどこへ行っても効果を発揮しますね。獅子舞では、かけ声や、衣装についている鈴などの鳴り物、音は鳴りませんが獅子舞で登場する松明の火などもミュージッキングを盛り上げる重要な立役者です。こういったものを更に調べていきたいです。」
音楽を考えるときにほとんど意識することのない、自然と発するものや自然に鳴ってしまうもの、自然に意識が向いてしまうものは、暗黙の呼吸(ノリ)を作り出すのに欠かせないと先生は考えています。そうした音の中で暗黙の呼吸が共有され、伝染していく。これがミュージッキングの一体感や盛り上がりに繋がり、参加する人の心が満たされていくことにも繋がります。
最後に先生の研究が目指すものについても伺いました。
「世の中の音楽にまつわる価値観が少し変わっていかないかなと思うんです。今の日本のように義務教育で五線譜を習う国って滅多にないんです。でも日本や日本人がどれだけ音楽的かというと、微妙で、そのためにかえって音楽に苦手意識を持つ人までいる。先生が生徒を評価しないといけないというシステム自体に問題があるのかもしれません。学校で音楽を教えるなら、音楽を使って自分たちの楽しめる場をどう作っていけるかということを教えられないかと思うんです。そのためには、生徒がどれだけ授業や活動にのめりこめているのかを評価すべきなのかもしれない。そういったやり方や枠組みが変わって、より多くの人が音楽を自分のスケールで楽しめる社会になるといいなと思います。」
現在も、福祉施設、リハビリ、発達支援の場などで音楽療法が実施されるなど、様々なシーンで音楽がもつ力が注目されています。そのような活動の中に、前述の音楽の力を高める要素を取り入れたり、参加者の音楽に対する価値観が「自分たちのスケールのままでいい」という方向にシフトするよう促したり、やり方を少し変えることで、音楽の力をより効果的に享受できるようになると考えられます。
筆者も野澤先生のミュージッキングの視点を学んだ後に、自分の生活に改めて音楽を取り入れていくと、また違った音楽の力に触れられた気がしました。共同研究などのお問い合わせは富山大学産学連携本部OneStop窓口までお願いします。
(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)
【関連著書】
「ミュージッキング:音楽は〈行為〉である」(クリストファー・スモール著/野澤豊一、西島千尋訳、水声社、2023年)
「音楽の未明からの思考:ミュージッキングを超えて」(野澤豊一・川瀬慈共編著、アルテスパブリッシング、2021年)
【リンク先】
富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/toyoichi-nozawa
Researchmap https://researchmap.jp/toyoichinozawa/
富山大学 文化人類学研究室 https://www.hmt.u-toyama.ac.jp/bunjin/
まっで勝手に獅子舞ラジオ https://www.youtube.com/@まっで勝手に獅子舞ラジオ
(富山大学・芸術文化学部 田邊元先生と獅子舞について語られています。)