#25 岡本 一央先生

kazuhiro_okamoto

富山大学 研究者インタビュー#25

2025年1月27日12:00

 

 

電気エネルギーを

駆使した

新・化学合成

 

岡本 一央 先生

富山大学 理学系 助教

 

岡本先生は、電気化学を用いた新しい有機合成反応を研究しています。

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紹介

 化学合成分野に、新たなイノベーションが起こりつつあります。従来の化学合成では基本的に酸化/還元試薬や熱エネルギーを使用して化成品を生産していますが、岡本先生は電気エネルギーを駆使した、環境調和性に優れた新しい化学合成プロセス、特に製薬をターゲットにした生体関連分子の合成法を研究しています。また、2024年には当該研究により塩野義製薬・研究企画賞を受賞しています。

 「電気は再生可能エネルギー(太陽光・風力・地熱)から作ることができます。また、電圧や電流をスイッチ1つで変化させ、フラスコ内の化学反応を制御できるシンプルな操作性も特徴で、これまでの化学合成のイメージを覆す画期的な方法として注目されています。」

参考:富山大学プレスリリース https://www.u-toyama.ac.jp/news-education/103336/

 

近年巻き起こる電気分解ブーム

 なぜ今電気エネルギーが注目されているのでしょうか。近年『Electrosynthesis(電解合成)』というキーワードの論文数が世界で急増しており、ブームのさなかにいます(図1)。これは、2017年にアメリカで簡易電解合成キットが販売されたことをきっかけに、敷居の高かった電解反応を簡単に行えるようになり、有機合成化学者の新規参入が促進されていることが背景にあります。

 『電解合成』とは、電気分解の原理を利用した化学合成のことを意味します。水に陽極と陰極を挿して通電し、酸素と水素を作る『水の電気分解』を理科の実験で経験した方も多いと思います。水の代わりに有機化合物を用いると、反応性の高い活性中間体を温和に発生させることができます。さらに、電圧や溶媒、電極素材などの各種パラメータを変更することで、多種多様な化合物を合成できます。日本は1975年に庄野酸化(Shono oxidation)と呼ばれる電解反応が発表されたのをきっかけに当該分野で世界を牽引しており、現在もその地位をキープしています。

図1 『Electrosynthesis(電解合成)』というキーワードがタイトルに含まれる論文数の推移(岡本先生ご提供)

 

電解合成×複雑化合物

 電解合成は、電気エネルギーを直接的に化学反応へ利用することができるエネルギーロスの少ない手法であり、ほとんどの反応が常温・常圧下で進行します。そのため、従来合成するのが難しかった天然物のような複雑な骨格や、ひずみを持つ不安定な分子の合成に適しています例えば、炭素原子に4つの異なる原子や基が結合している『不斉4級炭素』は生理活性天然物に多く見られる部分構造ですが、立体選択的な合成がきわめて難しいことが知られています。しかし、電解合成の手法を使うことで複数の不斉4級炭素を1段階で一挙に構築することができます。また、ひずみを持った小員環分子は創薬研究分野においてバイオアイソスター(生物学的等価体)として注目されています。例えばベンゼン環は数多くの医薬品に含まれる部分構造ですが、代謝毒性を持つので副作用をもたらす原因となります。バイオアイソスターはベンゼンと似た3次元構造を持ち同等の効能を発揮する一方で、毒性が低いので製薬原料として有用です(図2)。このような医薬品構造も、電解合成の技術によりいとも簡単に合成できることを最近見出しています。

 また、すでに先生が特許を取得している化合物として、製薬原料となるアザヌクレオシド前駆体があります。このような複雑な化合物では、一般的に立体異性体の生成も問題となりますが、電解合成では立体化学を完全に制御できる強みがあります。

 

図2 ベンゼンのバイオアイソスター例

 

電解合成×フローマイクロリアクター

 フローマイクロリアクターを駆使することで、電解反応のスケールアップを行うことができます。

「フローマイクロリアクターは100μm(ミリメートルの1000分の1)程度の電極間スペースに反応溶液を流すだけで、電解反応を実施することができます。また、溶液抵抗が少ないので支持電解質をほとんど使わないというメリットもあります。フローマイクロリアクターは小型の設備ですので、比較的小さい金額で設備投資が可能です。さらに、電気エネルギーの1モルあたりのコストは通常の化学酸化剤・還元剤と比較しておよそ1000分の1と非常に安価です。富山県は“くすりの街“と称されるように、多くの製薬企業が存在します。医薬品をはじめとする付加価値の高いファインケミカルを安価な電気エネルギーにより合成することができれば、合成コストを大きく削減できます。原薬製造プロセスの『電化』にご興味のある企業様は、お気軽にご相談ください。

 

図3 フローマイクロリアクターを用いた電解合成(Okamoto, K.; Shida, N.; Atobe, M. ChemElectroChem, 2023, 10, e202300386.)

 

おわりに

 電解反応は、大型の反応釜を用いる従来の化学・製薬プラントのイメージとは180°異なる合成プロセスです。

「電解反応は、今まで合成が難しかった分子も簡便に作れてしまうという大きな可能性を秘めています。この反応原理をより研究し、応用していくことで、基礎化学的な面白さと社会に還元可能な実用性を兼ね備えた新しい化学反応を発見するという夢を持って研究に取り組んでいます。」

 電解合成は近年欧米でも産学官で研究所を新設する動きが盛んに見られる、将来性が注目される研究・技術分野です。日本でも今後さらに大きな動きが出てくることが期待されます。

 岡本先生との共同研究などのお問い合わせは富山大学産学連携本部OneStop窓口までお願いします。

 

 

研究室が所有する研究設備・技術

フロー電解合成システムECSTATSYN-7000

精密型関数発生器付ポテンショスタット/ガルバノスタットHABF-501A

電気化学アナライザーALS 660E

 

リンク先

富山大学プレスリリース https://www.u-toyama.ac.jp/news-education/103336/

富山大学研究者プロファイルpure  https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/kazuhiro-okamoto

Researchmap  https://researchmap.jp/kokakoka

富山大学理学部化学プログラム岡本研究室(有機電気化学)https://kokamotochem.wixsite.com/okamotolab

富山大学シーズ集 https://sanren.ctg.u-toyama.ac.jp/seeds_search/search/detail/353

富山大学理学部研究トピックス http://www3.u-toyama.ac.jp/sci/topics/chem/202411.html

富山大学理学部教員と研究テーマ http://www3.u-toyama.ac.jp/sci/study/research/04_okamoto.html