#20 重松 潤先生

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富山大学 研究者インタビュー#20

2024年11月11日12:00

 

 

 

 

一人一人が

自分を大切にできる

社会を目指して

 

 

重松 潤 先生

富山大学 人文科学系・講師

 

 

重松先生は、一人一人の考え方や価値観に焦点を当てた

認知行動療法やストレスマネジメント技法を研究しています。

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紹介

 近年、ストレスやうつなど、メンタル面で苦しむ方が増え、それが原因で休職や離職に追い込まれる方も増加しています。重松先生はそのように苦しむ方々への治療法や予防法の効果を上げるために研究に取り組まれています。

「初めは人への興味から心理学を学び始めました。実際学んでみると、マニュアルがある心理療法が存在するとは言え、一人一人のクライエントさんに合わせてオーダーメイドで治療していく必要があり、そのやり方を間違えるとクライエントさんの害になってしまうこともあるというとても難しいものだと感じました。」

 現在、富山大学のほか、クリニックや国立研究センターなど臨床の場でも兼務をされ、精力的に研究を進めている重松先生は人の「腑に落ちる理解」について研究することをライフワークとして活動されています。

 

いかに効果的な心理療法を行うか

 重松先生は認知行動療法(CBT)を専門に研究されています。これはストレスフルな出来事があった際に起こる反応を4つの側面に分解し(図1)、自分の意志でコントロール可能な「認知(考え方)」「行動」にアプローチすることでしんどさを和らげる心理療法です。

 

 

図1 ストレスフルな出来事によって生じる反応の4つの側面
国立精神・神経医療研究センターHPよりhttps://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/rinshoshinri/rinshoshinri_blog20220713.html

 

 「認知」に対しては、まずこれまでの自分の思考パターンを振り返り、どのような考え方が自分を苦しめたのだろうかと考えます。そして、出来事に対する考えを見直したり、考えの幅を広げたり、ときにはそんな自分の考えとうまくつきあう方法を考えたりします。ここで無理に頭だけで「ポジティブにならなければ」と考え方を変えようとしても逆に苦しくなってしまうこともあります。

 「行動」に関しては、生活リズムを整えたり、喜びや達成感がある活動を増やしたりして、物事への回避や先延ばしを減らすなどの修正を行います。

 ここで重要なのは、修正内容を決定するときに、クライエントさんが「腑に落ちて」いるかだと先生は考えています。クライエントさん自身が真に納得し、能動的に修正したいと思える状況が達成されたときに治療効果が得られるのです。

 「腑に落ちる理解」の重要性を実験的に検証しました。参加者にはまず、冷たい水に手を浸してもらいます。ある程度冷たい水は、痛みを感じるので、そんなに長く手を浸すことはできません。1回目に浸してもらった後に、参加者に「実は冷たい水に手を浸すことは認知症予防に効果があるんですよ」と説明し行動への意味づけを促します。本当はそのようなエビデンスはありません。この時点では、多くの参加者が「とてもよく理解しました」と反応します。そして再度水の中に手を浸してもらいます。結果、意味づけをしたときに「なるほど」と腑に落ちた参加者のグループでは1回目よりも長く手を浸すことができた一方で、「そんなはずはない」と意味づけに懐疑的だった参加者のグループでは手を浸す時間がほとんど変わりませんでした。これは、頭では理解しても、腑に落ちたかどうかが、その後の行動の変化に影響を及ぼすことを示したものです。

 では、どうしたら「腑に落ちる」ことができるのでしょうか。

「現在の認知行動療法はエビデンスに基づきパッケージ化されていますが、クライエントさんには一人一人の特徴がありますので、クライエントさん毎にセラピストが腑に落ちているかどうかを見極めながら進めなければいけません。それには技能が必要です。この技能をより多くのセラピストが身に着けられるように『このような仕草や言動をしたときは腑に落ちている』などと言った指標を作り、クライエントさんを観察する視点を養うことが有効だと考えています。」

 この目的を達成するために、先生は臨床でのデータ分析などを通して、学内外の研究者と共同で研究に取り組み、知見を蓄積しています。

 

自分に焦点を当てたストレスマネジメント

 自分の思考パターンなどを振り返るという、自身の考え方や行動に焦点を当てた認知行動療法は、ストレスマネジメントにも応用できると重松先生は話されます。

「認知行動療法の考え方に加えて、セルフ・コンパッションを取り入れることが有効だと考えています。これは自分自身を慈しむといった意味合いの言葉で、このような心構えを育てていくことはバーンアウト(燃え尽き症候群)などの予防にも効果的です。」

 まずは自分がしんどくなるような場面や、自己批判的になっている思考などを振り返ります。そしてそのような状況になったときに、自分で自分に優しい言葉がけをするということでストレスに対処できるようになるそうです。これを実践するには、「自分は今しんどい状態になっている」と気づくことが重要で、そのためのトレーニングも必要です。

「セルフ・コンパッションには、ただ自分に優しい言葉をかけるというだけでなく、マインドフルネスという今ここの自分に気づく姿勢も重要です。ぜひ毎日少しずつ自分を振り返る時間を作っていただきたいです。5分でも10分でもよいので『自分の体しんどくないかな』とか『しんどく思ってることはないかな』と問いかける時間を作ってみてください。そうすると徐々に自分の状態に気づけるようになります。さらにいうと、自分の考えや感情に気づけるようになると「何が自分にとって大切なのか」といった人生の方向性なども自ずとわかるようになってきます。すると、自分をしんどくしている環境に対して具体的にどうしたいかという働きかけができるようになります。」

 例えば、現在の労働環境改善などはトップダウンで行われることが多いですが、従業員一人一人が自身の内部を振り返るセルフ・コンパッションを実践できるようになったうえで、ボトムアップ型の環境改善を行うことこそが効果的かもしれません。

 

おわりに

 「富山大学は県内唯一の公認心理師養成校です。クライエントさんにとって本当に意味のある治療ができるセラピストを育成し、世に送り出すことで苦しんでいる人々の助けになればと思います。また、自分を大切にしたセルフ・コンパッションなどのストレスケアの方法をより広く知ってもらい、実践できる人が増えていくことが、ひいては他者へのケアにもつながり、本当の意味でのウェルビーイングな社会に繋がっていくのではないかと考えています。」

 地域社会が目指す姿もトップが決めてしまうのではなく、一人一人が自分の幸せとは何かを見つめ、自分の価値観に気づいた上で、ボトムアップの働きかけを行っていくことこそウェルビーイングへの第一歩になるのだろうと感じました。

(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)

 

【リンク先】

富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/jun-shigematsu

重松潤先生個人ホームページ https://shigematsujun.wixsite.com/shigematsujun

▶researchmap https://researchmap.jp/Jun-Shigematsu

【YouTube富山テレビ放送 公式チャンネル ほっと リラックス】

https://youtu.be/ixMxaiIFD4A?si=I8neodgfmq1Y5Bt6

https://youtu.be/rgQfOiTi19o?si=867wTQZEzz-C-SvD

https://youtu.be/DJZd17z6a6s?si=VMZ_MSUcWv5m7al9

https://youtu.be/FjRguldiP0k?si=lxd0uaAwAEklLdJG

https://youtu.be/Iou3UjX3r_k?si=iwTtY1wJjGzag1Mm

 

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