#18 猪井 博登先生

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富山大学 研究者インタビュー#18

2024年10月7日12:00

 

 

 

 

住民に寄り添う

まちづくり

 

猪井 博登 先生

富山大学 都市デザイン学系・准教授

猪井先生は、地域住民に寄り添った交通計画・交通工学を研究­­しています。

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紹介

 猪井先生は、地域のまちづくりや人々の抱える問題に交通の側面から解決しようと研究に取り組まれています。「私が学生の頃、祖母がバイクで交通事故に遭って。70歳になってもバイクを使わないと生活できない環境に疑問を持ったことが、地域交通に関する研究者になるきっかけでした。」

 猪井先生の携わられるテーマは大きく二分され、一つは「交通計画」と呼ばれる分野で、地域の発展を支え、住民の生活の質を向上させるための政策や交通ネットワークを設計するものです。もう一つは「交通工学」と呼ばれる分野で、新たなモノやサービスを生み出すことにより、利便性を向上しようとするものです。猪井先生は両分野の知見を活かし、地域住民に寄り添ったまちづくりをサポートしています。今回は「交通計画」の研究内容についてご紹介したいと思います。

 

公共交通の現状と課題

 日本の公共交通、特にバスの利用者は1970年頃をピークに減少し、現在は減便や路線廃止などのサービスの低下だけでなくバス会社の倒産なども散見されます。公共交通が不便になると、その地域は住みにくくなり、人口が減少し、さらに公共交通の利用者が減るという悪循環に陥ります。

「日本は戦後から1970年代頃まで、公共交通事業がよく儲かったので、他国に比べ民間の事業者が多く存在するのが特徴です。その後公共交通の利用者が減少すると、自治体も関与してコミュニティバスなどの運行を始めましたが、『〇〇市がこのやり方で成功したからマネしよう』といった考えだけではバッドコピーを生み出すことになってしまいました。こういった地域の人が使う交通は、地域ごとに、地域住民の手で作り上げる方がうまくいきます。」

 

地域住民と作り上げる公共交通

 住民が使いやすいサービスを作り上げるには、実態を正しく評価することが重要です。そこで猪井先生は、2000年代頃から欧米を中心に広がりを見せている「社会的インパクト評価」の活用を提案しています。

図1 PDARUサイクル

 この評価方法はPDARUサイクルという手法を取り入れたもので、Plan(計画)、Do(実行)、Assess(分析)、Report & Utilize(報告・活用)からなります(図1)。PDARUでは、事業の目標やその達成方法、因果関係を整理し、事業が生み出す社会的価値を可視化します。その際、社会的価値を示す指標として「直接の結果」だけでなく「成果」が用いられることが特徴です。「成果」はサービス利用者の精神的変化や生活満足度などで、従来の経済的効率性や運行データに基づく指標とは異なる視点の項目です(図2)。成果を含む、社会的価値を報告することで人々の共感を呼び、次のサイクルではより多くの人々を巻き込んで、より良い事業を作り上げることが可能になると猪井先生は考えています。また、実際にこの評価方法を、公共交通の整備に力を入れている富山市や公共交通の大幅再編があった小豆島などにも適用し、検証活動を行ってきました。

(文献) https://doi.org/10.2208/jscejipm.75.6_I_555(図1,2も本文献より引用)

 

図2 英国のある交通事業者が設定した成果指標例

 

「PDARUを地域に適用するときには特にRUにおける二次学習が重要だと考えています。我々が社会問題の解決策を考える時、慣習や社会の仕組みといったレジームという大きな壁に阻まれ、本質的な改善ができないことが多くあります。この時、『レジームは変わらない』と、場当たり的な対応を行うのではなく、『問題の本質となっているレジームは変えられる』と信じて、小さい限られた範囲(ニッチ)での取り組みからDoしていきます。この取り組みをAssessして、Reportし、それを聞いた別の人が『そしたらうちでは次こうやってみよう』というUtilizeに繋げていく。こうしたサイクルを続けると、少しずつ取り組みがうまくなっていくだけでなく、目指すべき方向性が見えてくるんです。これを二次学習といいます。目指すべき方向が見えてくると、レジームが変わり、そのもとで社会問題の本質的な解決を目指すことも可能だと考えています(図3)。」

 この社会的インパクト評価は公共交通だけでなく、社会全体を対象として考える場面や、企業・部門の事業計画を作成・再考する際にも大きなヒントになるものです。

 

図3 ボトムアップ型社会システム(猪井先生ご提供、Geels(2004)、ロルバク・山口(2008)をもとに翻訳・編集)

 

おわりに

 猪井先生のお話を聞いて感じたのは、政策によくある机上の空論とは真逆で、地域住民一人一人をしっかりと見つめることに重きを置いて研究活動をされているということです。携わるプロジェクトの中で地域の底力が発揮される瞬間を見て、日本の社会を動かす活力を感じることも多いそうで、地域の中での小さく見える取り組みや地域の人々の持つ力が、いつか社会を変えると確信している、と話していただきました。これを実現するためにも、取り組み一つ一つを取りこぼさず、成果までしっかりと評価する仕組みを広く取り入れていく必要があります。先生が提案されるボトムアップ型社会システムモデルこそが、持続可能でwell-beingな社会への近道かもしれません。

(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)

 

【リンク先】

富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/hiroto-inoi

researchmap https://researchmap.jp/read0210120/

富山大学シーズ集 「自然言語処理モデルによる積雪時の交通障害の予測」

https://sanren.ctg.u-toyama.ac.jp/seeds_search/search/detail/327

富山大学シーズ集 「社会的インパクト評価」

https://sanren.ctg.u-toyama.ac.jp/seeds_search/search/detail/326

 

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