INTERVIEW

研究者インタビュー

富山大学 研究者インタビュー#61

2026年11月2日

 

健康・美に役立つ自然素材追究

萬瀬 貴昭 先生

富山大学 学術研究部薬学系
和漢医薬学総合研究所 准教授

萬瀬先生は、世界各国の植物から抽出する自然素材を扱い、
「育毛」「美白」「肌の老化防止」などに効く成分を解明し、その仕組みを調べています。

 はじめに

 和漢医薬学総合研究所准教授の萬瀬貴昭先生は、化粧品や薬に役立つ植物の成分を特定し、日常生活に活用する方法を見つけ出すことを大きな目標にしています。民間企業で研究開発に長年携わったキャリアがあり、商品化につながる実験手法を理解しているのが強みです。

 「多くの大学の先生は『どうしてだろう?』が研究の出発点だと思います。でも僕の場合、入り口と出口が逆なんです。こういうことに困っている人がいるよね、これを欲しがっている人がいるよね、じゃあ、それを見つけ出すにはどうすればいいのかと。それで、最後に科学的な『どうしてだろう?』が生まれるんです」

 力を入れて研究してきたテーマの一つが育毛効果です。

 生薬の一つ「延命草」に着目しました。

 

図1 延命草(Isodonis Herba)。日本、韓国、中国などに分布する。(萬瀬先生ご提供)

 延命草は日本各地に自生する「ヒキオコシ」や「クロバナヒキオコシ」という名のシソ科の多年草で、「苦味健胃薬(くみけんいやく)」として腹痛の改善などに応用される生薬です。お茶としても飲用され、広く親しまれています。先生は「テレビ番組で芸人さんが飲んで、『苦げーっ』てなる、あのお茶ですよ」と笑みをこぼします。

 

 1983年、大阪市生まれ。子供のころから理科や化学が大好きだったといい、関西弁のイントネーションがほどよく交じった優しい語り口と、チャーミングな表情がとても印象的です。この「延命草」を使って育毛効果の研究を始めたのには大きな理由があるといいますが、それを説明するには、これまでに歩んできた道のりを紹介しなければなりません。

延命草の育毛効果

 先生は近畿大学の薬学部で有機合成化学を学び、実験の面白さに気づいて大学院に進みました。「薬がどうして効くのか、その理由を調べたい」という思いが募り、遺伝子関係の研究室へ。修了後は民間企業で研究を続ける道を選びました。

 2008年に入社した化粧品会社では、商品開発の研究に携わり、許認可の取得や品質管理など幅広く経験しました。課長職を務める一方、再び母校の大学院の研修生となり、ひたすら実験や論文の執筆に没頭したそうです。

 「一つの植物の中には、無数の化学物質が存在します。その中に効果を発揮する成分があったとしても、ふつうは手に入れることができません。それは人工的に作られたものではないからです。しかし薬学には、そのような自然素材を植物の中から取り出す研究領域があって、私はそこで学ばせてもらいました」。タイ国の薬用植物に入っている成分を、化粧品の観点から調べた研究で博士号を取得。会社を退き、大学教員になって研究を続けてきました。

 実は、延命草はかつて勤めていた化粧品会社が商品に使っていたものです。

 「延命草は、薬として飲用されるほか、昭和の時代から化粧品や育毛剤にも使われるようになりました。当時は経験則から効果があるとされていましたが、科学的には十分に調べられていませんでした。現代の科学で、延命草の効果を明らかにしたかった」

 自然素材の効果を突き詰めて解明していく研究は、その素材の持つ可能性をさらに広げることにつながります。

毛乳頭を元気に

 延命草の育毛効果を語る上で、踏まえておきたいのが「ヘアサイクル」です。
 髪の毛の1本1本には、抜けたり生えたりを繰り返すサイクルがあります。


図2 ヘアサイクルと毛の成長のイメージ図(萬瀬先生ご提供)

 周期(髪の寿命)は男性で4年、女性は長い人で6年ほど。そのほとんどの期間が、髪が伸びる「成長期」です。しばらくたつと伸びなくなる2週間程度の「休止期」に入り、ただ毛穴に刺さっているだけで抜ける準備をしている「退行期」へと移ります。その下から新しい毛が生えてきて、古い毛が抜け落ちるという流れです。

 「このヘアサイクルを、1本1本の髪がそれぞれ独立して繰り返しているのです。ふろの排水溝に髪がたまったり、ブラシに大量の毛が付いたりしても、だからって髪が薄くなるわけではないんですよ。抜け落ちるはずの毛が取れたということ。1日に100本ほどなら普通です。しかし、ヘアサイクルの周期が小さくなって『成長期』が短くなると、次に新しい髪が生えてきても、毛先が穴から出てくる前に抜け落ちるようになってしまいます。外から見たときに、髪が薄い印象になるのです」

 髪を伸ばすための指令を出しているのが毛乳頭。

 髪の毛のいわゆる「根っこ」です。

 その毛乳頭が「髪を生やせ」という指令を送って毛母細胞を増やし、毛の形に変えていき、下からどんどん髪が出来てくるという仕組みになっています。
 先生は、薄毛の改善に向け、毛乳頭を元気にすることによって毛を成長させる因子を増やし、成長期を伸ばすことを目指しています。

 研究では、延命草に含まれる成分「エンメイン」が、毛乳頭を元気にすることを証明しました。毛乳頭の組織に何も入れない状態と比較し、エンメインを加えることで成長因子が増えることを、遺伝子レベルと因子の量の測定で確認しました。

「エンメインという化合物には『細胞を増やせ』というスイッチをオンにする作用があることも分かってきました。車のアクセルとブレーキにたとえるなら、細胞を元気にするアクセルを踏む作用を持っていることになります。現在は、エンメインが直接アクセルペダルを踏んだのか、それとも人間の体の何かにくっ付いて間接的にペダルを踏んだのか、特定するための研究に取り組んでいます。それを特定することにより、脱毛症の新たな原因、あるいは育毛剤を作るためのターゲットになるのではないかと考えています」
 
  ちなみに「育毛剤」には、既存の商品から男性ホルモンに関わるイメージがありますが、毛乳頭を元気にすることに取り組む萬瀬先生の研究には、男女の別がありません。科学的な根拠に基づいたメカニズムで、薄毛や脱毛の改善に活用することを目標にしています。

 「ただ、この研究には理不尽なところもあるんですよ。たとえば延命草の場合だと、葉を4kg分煮出したとしても、エンメインのエキスの抽出が1円玉より軽い500mg程度なんです。実験当時はそれを取り出すのに1年もかかりました。現在は半月ほどに短縮できていますが。ほかの成分だと抽出できる量はもっと少ないんです」。苦労は多くとも、先生は将来につながる実験にやりがいを感じています。

 化粧品業界では動物実験を禁止したことなどを背景に、近年は新たな育毛剤が誕生していません。植物の成分を探し出す研究は、今後ますます重要になるはずです。

美白効果や肌の老化防止も

 これまでに紹介してきたように、先生の研究手法は植物からエキスを取り出すことから始まります。その成分に育毛や美白、肌荒れへの効果があるかどうかなどを、細胞や酵素を使って調べます。
 「美白効果」の研究の場合、日焼けに関わる「メラニン色素を作る細胞」を使います。この細胞はふだんは透明に近い状態ですが、薬剤で刺激すると黒くなります。つまり日焼けやしみ、そばかすの状態になるわけです。研究では、黒色へと誘導する薬剤と一緒に、植物のエキスを入れたらどうなるのかを調べ、黒くなるのを抑えることを確かめました。いろいろな植物エキスで実験し、条件を変えながら黒くなる度合いを比較しました。

 「肌の老化防止」もこれまでの研究で扱いました。ある種の酵素には、紫外線などの刺激を受けることによってコラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸などを分解する働きがあります。「これらが分解されると肌の乾燥や皮膚の硬化、しわなど、老化に近い状態につながります。酵素によるコラーゲンなどの分解は〝はさみ〟でちょきちょきと切り取ってしまうイメージ。そのはさみを切れなくしてしまうものを、植物から探すわけです」

おわりに 研究を深める・広げる

 先生は今後の研究の方向性を「2本柱」で考えています。

 一つ目は、延命草のように効果を深掘りしていく研究です。二つ目は、富山大学和漢医薬学総合研究所独自のエキスライブラリーにある100種類以上の植物エキスなどを活用して研究対象を横に広げ、延命草と同じような効果を持つ成分を探す研究です。研究手法は他の植物にも応用できます。

 先生の強みは、化粧品に関する法律に詳しく、商品化という出口につながる実験手法を理解している点にあります。産学連携により、研究成果を企業に伝えるというアプローチだけでなく、「企業がすでに持っていても、どう使えばよいか分からず、扱いに困っている素材を大学に持ち込んでもらい、その効果や適性を調べるといった支援が可能です」。専門外の人に対しても実験手法を教えることができるといい、研究の広がりが期待されます。

 学術指導・共同研究等のご相談はOneStop窓口からお願いします。


(文責:ライター 本田光信)

リンク先

富山大学研究者プロファイルpure  https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/yoshinori-manse/

Researchmap https://researchmap.jp/Manse

富山大学和漢医薬学総合研究所教員紹介 https://www.inm.u-toyama.ac.jp/resercher/manse/