INTERVIEW

研究者インタビュー

富山大学 研究者インタビュー#53

                                                                                                                                                   2026年5月25日

 

 

 

 

    生命の仕組みを、数式で描く

原 朱音 先生
富山大学 薬学・和漢系 助教
原先生は、生命現象や疾患を理論研究とデータサイエンスという2方向から捉え、
その仕組みを理解することを目指して研究を進めています。

        

 紹介

  富山大学の強みの一つであるデータサイエンス。この技術を医薬分野に応用しているのが今回ご紹介する原朱音先生です。幼いころから生き物や生命の原理に興味を持っていた原先生は、理学部生物学科へ進学しました。学問を進める中で、実験や野外実習よりも、数理モデルを作ることに興味を持ちます。

 「数理生物学の研究室への所属を決めました。数式を使って、複雑な生命現象などを説明する学問ですが、これには大きく、理論研究データサイエンスの2つのアプローチがあります(図1)。過去の研究では前者を、富山大学に着任してからは後者を中心に研究を回しています。これら2つは全く異なる視点の方法なので、それぞれの良いところを組み合わせて、疾患の仕組みを解き明かしたいと思っています。」

 この2方向の数理生物学の事例と、2方向を組み合わせた今後の展望をお話しいただきました。

 

 

図1 数理生物学の考え方(原先生ご提供)
実際の現象を観察してメカニズムの仮説を作り、実際のデータを使って仮説を検証する理論研究(青矢印)と、実際のデータの特徴からメカニズムを推測するデータサイエンス(オレンジ矢印)がある。

 

理論研究からのアプローチ~花粉症治療の例~

 原先生の土台となっているのが理論研究です。生命現象から重要な要素を抜き出して数理モデルを作成するものです。その一例が、花粉症の治療法の一種であるアレルゲン免疫療法に関するものです。アレルゲン免疫療法とは、アレルゲン物質を長期間少しずつ経口摂取して免疫をつけるという治療法ですが、治療を行っても効く人と効かない人が存在することや、副作用の安全性の面で課題がありました。

「花粉症は、花粉に対して免疫反応が過剰に働くことで起こります。免疫系の中には、免疫反応を促進する細胞と、それを抑える役割を担う細胞があり、健康な状態では両者のバランスが保たれています。この研究ではバランスの変化を力学系モデルとして記述しました(図2)。さらに、免疫療法を行った場合に、そのバランスがどのように推移するかをシミュレーションしました。」

 その結果、治療の向き不向きや安全な投与方法を事前に予測できることが示されました。この研究は、これまでブラックボックス化していた現象を、数理モデルによって捉え直し、理解へとつなげる糸口となり得ます。

 

 

図2 花粉症免疫療法に用いた力学系モデル(原先生ご提供)
花粉による刺激を受けると、まだ役割を持たない未分化(naïve) T細胞は、アレルギー反応を起こすTh2細胞と、免疫反応を抑える制御性T細胞(図のiTreg)のどちらかに変化する。
また、制御性T細胞(Treg)はTh2細胞を抑える。このモデルでは、こうした細胞が時間と共に増えたり減ったりする様子を微分方程式で表している。複雑な現象を、いかにシンプルな数式で再現するかが醍醐味だという。

 

データサイエンスからのアプローチ

 現在精力的に取り組んでいるのが、データサイエンスを用いた研究です。近年医療の分野では、遺伝子データや臨床データなど、膨大な情報が得られるようになりました。そのデータから疾病に関わる特徴や規則性を見いだし、仮説へとつなげていく研究に取り組んでいます。

「学内外でデータ解析のニーズの高まりを感じています。色々なデータを扱っていますが、その共通のゴールは『その疾患になる人はどういう特徴を持っているのか』という仮説を立てることです。しかし、食べているもの、生活習慣、遺伝等、背景が多様なので、その中に疾患そのものの影響を導き出すのは簡単なことではありません。」

 こうした課題に対して、機械学習や統計学の手法も取り入れながら、研究を進めています。データから導かれる仮説は、従来の考え方では思いつきにくい新たな着眼点をもたらすこともあります。これまで気づかれてこなかった新たなメカニズムや構造がデータから見えてくる点にデータサイエンスならではの面白さがあるのです。現在、これらの研究に関しては公表に向け準備が進められています。

 

今後の展望

 私たちの社会では、あたかも0か1の現象だと捉えられているものが少なくありません。例えば、病気の診断を受けるときは『健康』が『病気』に遷移したように認識されます。原先生は、2つの状態間での遷移ではなく、自分の体のモードがどんどん切り替わっているのだと考え、それを表現する数理モデルの作成を検討しています。

「数理モデルで考えると、主役になる人(変数)が切り替わっていて、疾患になるということは、数式に取り込まれる要素が変わっていくということなのではないかと思うんです。この考え方は疾患だけでなく、細胞レベル、組織レベル、さらには社会における人間関係まで含めて、共通する原理なのではないかとも考えています。どんな現象も一貫して説明できるような数理モデルを作り出すことが将来の夢です。」

 現象を観察して仮説(数理モデル)を立てる理論研究と、膨大なデータを扱うデータサイエンスの2方向の研究を回すことで、データや現象を統合して、仕組みを明らかにしていきたいと語っていただきました。

 

おわりに

 データサイエンスは数字や計算のテクニカルなイメージが先行しがちですが、原先生の軸となっているのは、『現象の仕組みやメカニズムを理解したい』という科学者としての好奇心です。お話を伺う中で、それが一貫して研究を支えていることが印象に残りました。

 創薬・ヘルスケア分野に力を入れる富山大学で、データ解析の専門家として多くの連携に関わっている原先生。多様なデータに日々向き合いながら研究を進めています。そうした取り組みを通じて、生命にとどまらず社会にも通じる普遍的な原理がどのように描かれていくのか、今後の展開に注目です。

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(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)