富山大学 研究者インタビュー#48
2026年2月16日

小澤 郁美 先生
富山大学 教育学系 講師
小澤先生は、自ら学び自ら考えることのできる自立した学習者を育成するために、
脳の特性、特にワーキングメモリの得意・不得意に着目しながら、学習観や学習方略の視点から支援する方法を研究しています。
変化の激しい現代社会を生き抜くために、現代の教育現場では、単に知識技能を身につけるだけでなく、『自ら学び自ら考える力』を育てることが求められています。教育学部の小澤先生は、心理学・認知科学の知見を活かし、主に小~中学校の児童・生徒を対象とした学習支援の研究と実践に取り組んでいます。
「元々は『記憶』に興味がありました。過去に体験してきたものを記憶して、それが今の自分の色々な部分を作り上げているというのが面白いなと感じていたんです。記憶に関連する脳の情報処理過程を研究したいと思い、教育心理学や認知心理学の分野で研究を始めました。研究を進めるうちにワーキングメモリに着目するようになりました。」
ワーキングメモリは、短時間必要な情報を覚えたり、頭の中で操作したりする『脳の作業台』のような記憶機能です。その容量(作業台の大きさ)は成長と共に大きくなりますが、個人差の大きいことが特徴です。容量が小さいと、情報がこぼれてしまい、学習や日常生活でつまずきが生じることがあります。
近年の研究から、ワーキングメモリはIQよりも学習困難との関連が深いことがわかってきました。特に、同年齢の中で相対的に容量が小さい子どもたちは、集団生活の中で“板書が遅れる”、“作業の進行状況が分からなくなる”といった困りごとに直面しやすく、学業成績が低下してしまいます。また、学業不振や対人場面でのトラブルなどがストレスとなり、二次障害や、不登校をはじめとした学校不適応に繋がることもあります。
「このようなお話をすると、『ワーキングメモリを鍛えたらいいんじゃないの?』という声を多くいただきます。確かに、脳トレのようなトレーニングをすることで、ワーキングメモリ課題の得点そのものはあがるのですが、学習や生活におけるつまずきの解決には至っておらず、これは現在のトレーニング研究の限界と言えます。」
そこで、小澤先生は、認知心理学や教育心理学の知見を活かした個別学習支援である認知カウンセリングの手法を用いて、表面に現れた『知識』のつまずきだけでなく、『どうやって勉強しているか(学習方略)』や、『学習に対する考え方(学習観)』といった深層にあるつまずき(図1)にもアプローチしながら、学習におけるつまずきを解消していく取り組みを進めています。

図1 学習におけるつまずきのイメージ図。表面に現れる知識のつまずきだけでなく、その背景・要因まで診断・支援する取り組みを行っている。(小澤先生ご提供)
ワーキングメモリ理論を踏まえた学習支援では、ワーキングメモリの四側面(図2)に着目し、個々の得意不得意を明らかにすることから始めます。人にはそれぞれの要素で得意不得意がありますが、いずれかの要素につまずきがあると、日常生活や学習上のつまずきとして顕在化してしまいます。

図2 ワーキングメモリの4側面。『言語的』および『視空間的』という情報の種類に加え、それぞれに『短期記憶』と『記憶操作(WM)』の機能が含まれることで構成される(図左側)。各側面の弱さに対応して様々なつまずきがみられる(図右側)。(小澤先生ご提供)
「支援の中では、お子さんの得意な側面を活かして苦手な部分を補うような学習方略や、学習観の指導を行っています。ワーキングメモリが小さいお子さんをはじめ、特別な支援を要するようなお子さんが、自ら学び自ら考えられるようになるには適切な支援が必要だと思います。そのお手伝いがしたいと思い、研究に取り組んでいます。」
現在、富山大学教育学部附属教育研究実践総合センター教育工学部門では、小澤先生が中心となって、学習面につまずきを抱えるお子さんや、その保護者、教育現場の先生方に対し、を行っています。この取組みを通じて、ワーキングメモリが小さい子どもたちをはじめとした学習につまずきのあるお子さんの特徴や学習・生活上の困難をより一層明らかにし、効果的な支援策を構築していきたいとお話していただきました。
これまでの取組みは、ワーキングメモリが小さい子どもたちへの個別学習支援を中心としてきました。現代の学校教育では『自立した学習者』の育成が求められており、支援を通して勉強ができるようになるだけではなく、子ども自身が自ら考え自ら学ぶ力を養っていく必要があります。そのため、今後はワーキングメモリ容量が小さいなどで学習につまずきがあるお子さんを中心に、すべてのお子さんが『自立した学習者』となるための学習支援の構築を目指しています。そのキーワードが、『自己調整学習』や『メタ認知』、『動機付け(意欲)』です。
『自己調整学習』は、学習者が自己の学びを計画し、実行し、振り返りながら調整していく学習(図3)です。自己調整学習を支える一つの要素が、『メタ認知』という自分の認知活動(理解しているか、どこでつまずいているか等)を俯瞰的・客観的に捉える力です。
「例えば、本を読んでいるときに“今ちゃんと内容を理解できているかな?”と考えたり、“このやり方だとうまくいかないから、別の方法にしてみよう”と思ったりするのがメタ認知です。特に学習につまずきがあるお子さんのメタ認知をどのように育むか、動機付けをどのように高めるか、という研究を進めています。子どもたちには学びの中で自分に合った学習方法を見つけ、“勉強は楽しいな”とか“もっと学びたいな”と思ってもらえると嬉しいと思います。」

図3 自己調整学習の3段階(中谷素之・岡田涼・犬塚美輪(編著)『子どもと大人の主体的・自律的な学びを支える実践:教師・指導者のための自己調整学習』福村出版 をもとに小澤先生ご作成)
ワーキングメモリの個人差(同年代における相対的な位置)自分のワーキングメモリの特徴を理解し、それに合った学習方法を習得するということは、幼児・児童期だけでなく、大人になってから充実した人生を過ごすことにも繋がります。
「子どもたちには、健やかに楽しく毎日を過ごしてほしいですし、それに加えて、自ら学び自ら考えることができる自立した学習者になってほしいです。自己調整“学習”というと勉強に限った話だと思われがちですが、『自ら学び自ら考える』ということは、勉強に限らず、スポーツや音楽、将来の職業などのあらゆる側面において必要なスキルだと思います。学校では、知識技能といった学習内容を身に着けるだけでなく、日々の勉強を通して『自ら学び自ら考える』ために必要なスキルを身に着け、将来のためにその練習をしてほしいと思っています。」
『個別最適な学び』という言葉が教育のキーワードとして定着してきましたが、実際の教育現場では多くの課題があり、実現には多くの工夫が必要です。小澤先生が取り組む心理学の知見や考え方を活かした学習支援は、その実現に向けた1つの大きな柱となっていくのだろうと感じました。
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(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)
富山大学教育学部附属教育研究実践総合センター教育工学部門活動紹介(学習相談他) https://cerp.u-toyama.ac.jp/et-katudou/
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