富山大学 研究者インタビュー#45
2025年12月22日

神野 拓哉 先生
富山大学 都市デザイン学系 特命助教
神野先生は、雲の集まりがどのように形成されるか理論的に解き明かすと同時に、
富山県内の気象データを活用してローカルな気象予測シミュレーションに取り組んでいます。
近年、線状降水帯による豪雨が全国各地で頻発し、地球規模でも被害のニュースが絶えません。こうした激しい雨をもたらす雲の集まりは、どのようにして生まれるのでしょうか。その形成メカニズムには、いまだ多くの謎が残されています。この未解明の現象に挑んでいるのが、富山大学都市デザイン学部の神野先生です。
「個別の雲は水平方向の大きさが数km程度ですが、特定の条件が揃うと『自己組織化』によって、数百から数千kmにおよぶ集合体を作ります。台風や線状降水帯などの現象も、この自己組織化の結果といえます。こういった雲の自己組織化のプロセスを理解するために研究に取り組んできました。」
大学では自らプログラムを書いてシミュレーションを動かすことに夢中になったという神野先生。その応用先として選んだのが気象学でした。理論物理やデータサイエンスを駆使して研究に取り組んでいます。
雲に関するメカニズムの多くが未解明である理由の一つは、多数の物理過程が複雑に絡み合って生じる現象であるためです。大気水圏科学や大気海洋システムという言葉があるように、雲を理解するには、大気・海・陸地の間で生じるエネルギーや物質の流れを統合的に扱う必要があるのです。
神野先生は、この問題に対して、数ある条件をあえてシンプルな設定に固定し、特定の物理過程に焦点を当ててその本質を明らかにしようとする『理想化』の手法でアプローチしています。「例えば、地表は全て海、温度も一定、海流のない、太陽の動きや放射も固定といった条件で雲のふるまいを再現するシミュレーションを行います。このような研究でわかったことの一つが、陸地や海など外部の複雑さを取り除いても、大気の持っている性質で雲が自己組織化するということです。」
こうした研究の積み重ねで、雲の自己組織化メカニズムの一端が明らかになってきました(図1)。

図1 雲形成の促進・抑制のメカニズムの一例(神野先生提供)
「自己組織化に深く関わっている要因の一つが、大気の放射過程です。よく晴れた大気は宇宙に向けて赤外線を放射し、大気の下層が冷え、乾燥していきます(乾燥域)。一方、背の高い雲が多く存在すれば地表からの放射が雲によってブロックされ、冷却が弱まるため相対的に暖かく保たれ、湿度も高くなります(湿潤域)。このような放射冷却の不均衡によって、雲が多い湿潤域ではますます新しい雲の発生が促進されるように、反対に、晴れた乾燥域ではますます雲の発生が抑制されるようになり、自己組織化が駆動されます。
もう一つ重要な要因は、雲の周辺で空気がかき混ぜられる過程です。積雲の内部では湿った空気が浮力によって上昇し、流れを生み出します。しかし、その途中で周りの乾燥した空気が混入すると、湿度が下がって雲の粒が蒸発し、上昇流が抑制され、雲は消えやすくなります。この混合の効果は雲の周りの環境が水蒸気を多く含んでいれば弱められるため、自己組織化した雲の集団が維持するはたらきをします。
これらをはじめとする自己組織化のメカニズムのうち、どれが主要な役割をするかは海面水温や大気の組成といった気候条件によって変化するとされていますが、明確には解明されていません。現在は、他分野の研究者とも協力しながら、海や植生などの要素を入れるアプローチや、数学者と共同で機械学習を応用した抽象的なモデルの構築など、様々な方法でこの問題を解こうと試みています。」
神野先生は、雲の自己組織化をより本質的に理解するために、極力シンプルに表した概念モデルの構築にも挑戦しています。
「これまで、雲の自己組織化は、大気の流れや熱、湿度などのシミュレーションを組み込んだ複雑な数値モデルが使われてきました。私はずっと、点と点の相互作用をすごく簡略化して組み込むだけでも、同じような自己組織化が説明できるのではないかと考えていて。それを示すために研究を行いました。」
具体的には2次元格子上に雲の状態を割り当て、シミュレーションを行います(図2)。この結果、現時点では100km程度のある程度大きい実験領域で考えると、流れの方程式を入れなくとも自己組織化が再現できています。

図2 2次元格子モデルで確認された雲の自己組織化例(神野先生研究シーズより)
一方で、富山大学への着任後は、富山県・富山市が多数保有する気象計のデータを基に、ローカルな気象予測にも挑戦しています。
「富山県には中学校や高校などに20を超える気象計が置かれていて、富山市内という狭い範囲でも局地的な気象現象が確認できる豊富な観測データがあります。また、富山県は山や海に囲まれていて、年間を通して日本海から水蒸気が入ってくるという気象研究の対象に事欠かない地域だと感じています。豊富なデータを活かして、富山県というローカルな気象予測に活用できるような取り組みをしていきたいと考えています。」
ローカルでミクロな領域での気象予測シミュレーションは、マクロな領域を対象とする場合とは、必要な知識も手法もまったく異なるそうですが、都市内で起こる局地的な豪雨や気温差などの現象を正しく理解し、それをより精密な気象予測に活かすことは、これからの地域防災にとって欠かせない視点となるため、今後の進展が期待されます。
このように神野先生は、数十km程度のミクロ領域から、数百~数千kmのマクロ領域の両方を対象としており、チャレンジングな姿勢で研究されている姿が非常に印象的でした。
「自分の奥にあるモチベーションは、理論物理のようにすごく理想化して、その中でどう表現できるか考えるということなのですが、そういった研究を進める中で、社会の課題に対して活用できる知見も出てきます。それを論文や、企業・自治体との共同研究などにしながら、理論的なアプローチと現実大気のシミュレーションの両方に関わる研究を進めていきたいと思っています。」
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(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)
神野先生ホームページ https://sites.google.com/view/takuyajinno/
富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/takuya-jinno/
Researchmap https://researchmap.jp/takuyajinno/
富山大学研究シーズ「雲の自己組織化に向けた2次元格子モデルの構築」 https://sanren.ctg.u-toyama.ac.jp/seeds_search/search/detail/368