富山大学 研究者インタビュー#12
2024年6月28日17:00
イオンポンプから見えるもの
藤井 拓人先生
富山大学 薬学・和漢系 講師
(撮影:富山大学 URA加藤 由美子)
藤井拓人先生の「イオンポンプ」に着目した研究は、がんやパーキンソン病など難治性疾患の病態生理機能の解明に貢献しています。
藤井先生は、第41回とやま賞を受賞されました。この賞は、富山県出身者または富山県内在住者で、学術研究、科学技術、文化・芸術、スポーツの分野において、顕著な業績を挙げ、かつ将来の活躍が期待される方に授与されるものです。その受賞対象となった藤井先生の研究「イオンポンプの異常に着眼した難治性疾患治療法の開発」は、がんや遺伝性パーキンソン病の新たな発症メカニズム解明につながる重要な研究です。また、食べ物の消化や殺菌に関わる胃酸の分泌を担う胃プロトンポンプの研究も行っており、これまでの概念とは異なる新しい胃酸分泌メカニズムに関する成果も発表されています。藤井先生の研究テーマは、なぜこのように多岐にわたる展開を見せるのか、真摯な声で語ってくださいました。
私たちの体は約60兆から100兆個の細胞からなりたっています。これら全ての細胞において、細胞内と外のイオン組成は異なっており、非対称です。たとえば、ナトリウムイオン(Na+)や塩化物イオン(Cl–)の濃度は細胞外が内より高く、カリウムイオン(K+)の濃度は細胞内が外より高くなっています。この非対称性こそが生きている証です。細胞膜を介したイオンの輸送はイオン輸送タンパク質によって行われています。イオン輸送タンパク質の中でも、藤井先生の着目している「イオンポンプ」は、「ATPase」とも呼ばれ、細胞内のエネルギー「ATP」を分解(ase)することで、細胞の内と外のイオンの非対称性を保つ「細胞の生命維持」の役割を果たしています。イオンポンプを車に例えると、ATPはガソリンに相当します。車がガソリンを使って坂道を上ることと、イオンポンプがATPを使ってイオンを輸送することはよく似ています。異常時の場合も似ています。例えば、車が故障すると、ガソリンがあっても坂道を上れませんし、適切な運転をしなければ事故につながります。車の異常や不適切な運転により重大な被害が引き起こされますが、イオンポンプが正しく働かないと、様々な病気の発症につながります。
藤井先生は、学部3年生の時に富山医科薬科大学(現富山大学)薬物生理学研究室に配属され、竹口紀晃先生(前教授)と酒井秀紀先生(現教授)より指導を受け、胃プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)の研究を開始しました。胃プロトンポンプは、消化性潰瘍や逆流性食道炎の治療標的として重要なイオンポンプです。藤井先生は、胃プロトンポンプの新しい制御機構の解明や阻害剤の探索を目指した研究を通じて、イオンポンプ研究の魅力に取りつかれていきました。修士課程在学中には、両恩師と共に初めてイギリスの生理学会に参加し、ポスター発表の機会を得ました。海外の研究者に対して自身の研究成果を説明し、活発なディスカッションを行う中で、アカデミア研究者として生きていく決意を強くしたそうです。
藤井先生は、医学部消化器外科学との共同研究を通じて、がんとナトリウムポンプ(Na+,K+-ATPase)の関連について精力的に研究を進めています。ナトリウムポンプは全ての細胞に存在し、生物が生きる上で必要不可欠なイオンポンプです。藤井先生らは、組織アレイという手法を用いて約1000症例ものがん組織を網羅的に解析し、がん細胞において、細胞膜に存在する通常のナトリウムポンプ(α1型)とは異なるナトリウムポンプ(α3型)が細胞内に異常に発現していることを発見しました。さらに研究を進める中で、このα3型ポンプが、がん細胞が転移する際の生存戦略に重要な役割を果たしていることを突き止めました。具体的には、がん細胞が原発組織から剥がれて血液中に侵入した際に、このポンプがダイナミックに細胞内から細胞膜に移動し機能することで、がん細胞が血中でも死ぬことなく生きることができ、他の組織への転移を引き起こす可能性を見出しました。この研究成果を基に、現在は「血液中に潜む転移の根源となるがん細胞(血中循環腫瘍細胞)を、α3型ポンプの存在を指標として発見し、その動きやポンプ機能を阻害することで転移を予防することはできないか」と考え、新たな研究に取り組んでいます。この研究の進展により、がん転移の新しい早期診断法や治療法の開発につながる可能性が期待されます。
上記の胃プロトンポンプやナトリウムポンプなど既知のイオンポンプとは別に、藤井先生は新しいタイプのイオンポンプの機能解明にも取り組んでいます。最近、「PARK9」という遺伝性パーキンソン病の病因タンパク質が、胃プロトンポンプと同様に、水素イオン(H+)とカリウムイオン(K+)を運ぶ「プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)」として機能していることを発見しました。パーキンソン病患者の脳内では、病原(変性)タンパク質であるα-シヌクレインが「ゴミ」のように異常に蓄積され、運動機能を司るドパミン神経細胞が死に至ると考えられています。藤井先生の研究により、PARK9がプロトンポンプとして機能することで、α-シヌクレインを分解することがわかりました。そして、遺伝性パーキンソン病患者では、遺伝子変異によりPARK9のポンプ機能が著しく低下しており、細胞内にα-シヌクレインが蓄積することで、神経細胞が死に至るという新しい病態発症メカニズムが明らかになりました。
本成果は、Natureのオンライン姉妹誌であるNature Communicationsに掲載され、齋藤学長、北島理事のご同席のもと、記者会見を行いました。全国ニュースや様々な新聞に取り上げられ、全国各地の患者様からも応援の電話や手紙をいただいたそうです。ご自身の研究成果が難病と闘う方たちの心の支えともなりうると実感した一方で、現在はまだ基礎研究の段階であることから、新しい治療法開発を目指した研究への使命と責任の重さを強く認識されたそうです。「今後は、本学医学部の先生方との共同研究により、加齢により発症する孤発性パーキンソン病を対象とした研究にチャレンジしたいと考えています。孤発性パーキンソン病の患者さんで、PARK9の発現量や機能の低下が起こっているのかについて検討を進めたい。またPARK9を標的とした治療法の開発を目指した研究も行っていきたい」と今後の研究の展望について語ってくれました。
研究成果の概念図(https://www.u-toyama.ac.jp/wp/wp-content/uploads/20230420_2.pdf)
(撮影:富山大学広報室)
2023年4月20日記者会見の様子(1)
(撮影:富山大学広報室)
2023年4月20日記者会見の様子(2)
あらゆる細胞に存在するイオンポンプに着目しているからこそ、藤井先生の研究において、今後の対象となる病気の領域はとても広いものでした。「これまでのがんやパーキンソン病に加えて、自閉症や統合失調症、さらには難病指定をされている肺高血圧症においても、イオンポンプの異常を見つけています。これら根本的な治療薬がない病気に対して、イオンポンプを標的とした治療薬の開発につなげることはできないか、と考えています」と語る藤井先生。私たちヒトを含む生命現象は、体の中の様々なイオンポンプの働きによって支えられているのです。
【共同研究・開発実績,特許など】
イオンポンプやイオンチャネルなど様々なイオン輸送体タンパク質の機能解析技術を有しており、消化器疾患、がん、神経変性疾患におけるイオン輸送タンパク質の病態生理機能の解明を目指した共同研究が可能です。
【リンク先】
富山大学薬学部薬物生理学研究室 http://www.pha.u-toyama.ac.jp/phaphy1/index-j.html
researchmap https://researchmap.jp/takutofujii
富山大学 研究者プロファイル https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/takuto-fujii
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