#13 森岡 絵里先生

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富山大学研究者インタビュー#13

2024年7月16日12:00

 

 

体内時計の

不思議を探る

 

森岡絵里先生
富山大学 理学部生物学科・講師

森岡絵里先生は、体内時計のメカニズムの解明に向けた研究をしています。

 

紹介

 私たちが持つ体内時計は、朝起きる時間や夜眠る時間を教えてくれます。その機能は睡眠覚醒サイクルだけではなく、体温、ホルモン分泌などの周期的な生理機能も司り、体内時計が乱れると生活習慣病などの疾患にも影響があることが知られるようになりました。2017年には体内時計に関する研究がノーベル医学生理学賞を受賞するなど注目を集める分野です。
 森岡先生は大学4年生のときに、本学生物学科で神経・細胞生物学をご専門とされている池田真行先生の研究室で体内時計に関する研究をスタートされました。元々睡眠などの本能行動に興味をお持ちだったと話される先生は、池田先生の講義の中で、体内時計はヒトだけでなく、シアノバクテリアという原始的な生物も持っているという話に惹きつけられたそうです。「地球上に住むほとんどの生き物が持っていて、時計遺伝子で制御されていて・・・という話を聞いて、すごく面白いと思いました。」

 

体内時計に不可欠な分子の発見

 森岡先生は2023年、時間生物学の領域で顕著な業績をあげた若手研究者に与えられる「日本時間生物学会学術奨励賞 基礎科学部門」を受賞されました。ミトコンドリアとは細胞の中に必ず存在し、生命に必要なエネルギーを産出する構造物ですが、そこに存在する陽イオントランスポーターという分子(以下、LETM1)が体内時計のリズム制御に関わっていることを発見したからです。
 体内時計の中枢は脳の視交叉上核ニューロン(以下、SCN)という細胞に存在しますが、マウス・ラットを使用した先行研究ではSCN内のカルシウムイオン濃度にリズムがあることがわかっていました。その現象の種によらない普遍性の確認のため、先生はショウジョウバエでも調べ始めました。
「ハエではカルシウムイオンはあまり振動しないが、水素イオン濃度が振動しているということが見えてきて。それに関わっている分子は何なのか調べていくうちにミトコンドリアのLETM1を壊すとハエの行動リズムが抑制されることがわかってきたのです。」
 LETM1はハエだけではなく、哺乳類を含め真核生物が共通して持っている分子ですが、哺乳類でもミトコンドリアのLETM1が壊れると前述のカルシウムイオンをはじめ、体内時計のリズムが狂うことがわかりました。この結果は、これまで時計遺伝子を主に説明されてきた体内時計の分子振動メカニズムが、それ単独では安定した出力を得ることができず、ミトコンドリアの強い関与を必要とすることを示した最初の知見として注目されました。
 「ミトコンドリアは生命に直結する器官なので、なかなか操作するのが難しい分野ですが、富山大学の他学部の先生にも協力していただき、さらにミトコンドリアを深堀した研究の準備をしています。」

図1. ニューロンの体内時計機構における LETM1の役割を示した模式図。
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2023.950623/data/index.html

 

さらなるLETM1の役割の解明に向けて

 体内時計には温度補償性という特性があります。地球上には暑い場所や寒い場所、色々な温度帯がありますが、どこへ行っても(温度が変わっても)体内時計は24時間を刻むことができるのです。普通の化学反応では温度が上がれば反応が速くなって、下げると遅くなるので、周期がずっと24時間で一定というのはとても特殊な現象です。しかし、LETM1を壊したとき、この温度補償性に変化が出てきました。高温度帯で体内時計の周期が長くなったのです。「温度補償性のメカニズムは分かっていないことが多いので、LETM1をきっかけに、この研究が進むと面白い発見に繋がると思います。」

 また、ショウジョウバエでわかってきた知見を哺乳類でも確認するため、昼行性のナイルグラスラットを使った研究も多く計画されています。「普通のラットやマウスを使った研究は多くありますが、夜行性のためヒトと活動期と休止期が全く逆です。昼行性のラットを使用すると今までのラットではわからなかったことがわかる可能性もあるし、ヒトでも応用できるような新しいスタンダードモデルができるのではないかと考えています。」


図2. 飼育するナイルグラスラット

今後向かい合いたい課題

 私たち生物は様々な特性を持ちますが、メカニズムが明らかになっていない事柄が多くあります。そのような「なぜ」の解明に森岡先生は今後も取り組んでいかれます。「なぜ昼行性と夜行性が生まれるのかという点にも着目しています。昼行性でも夜行性でもSCNの活動性や体内時計のリズムはほぼ同じであることが分かっているのですが、どのようなメカニズムで違いが生まれるのか調べています。」

 「また、体内時計というと一日のリズム=概日リズムの研究を皆さん想像されると思いますが、概月リズムや概年リズムというのもあります。概年は季節性、概月は月の満ち欠けの周期です。この分野の研究もしていけると面白いと思います。」概年リズムには、季節性うつ(秋冬)、概月リズムには、月経周期や海洋生物の産卵などが知られています。体内時計や体内カレンダーの謎も解明できると、私たちの疾病に対しても、新たなアプローチで対処できる可能性が出てくるかもしれません。

 

おわりに

 近年は、体内時計の時間帯によって人間の薬の効き方が異なったり、副作用の出方が違ったりと色々な知見が出てきました。時間栄養学など、「時間〇〇学」という言葉も増えてきて、様々な分野で応用されようとしています。森岡先生の今後の研究結果にますます注目が集まりそうです。

 

森岡先生の研究シーズについては以下をご参照ください。

https://sanren.ctg.u-toyama.ac.jp/seeds_search/search/detail/125

(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)

 

【研究室が所有する知見や技術】

ショウジョウバエ:簡単に行動のスクリーニング(行動の異常を検知すること)ができるので、様々なトランスポーターなどをノックダウンさせて実験しやすい生物。自動歩行活動記録システムを所有する。

ナイルグラスラット:日本で定常的に飼育しているのは先生の研究室だけなのだとか。体内時計研究だけでなく、ナイルグラスラットはヒトと同じように炭水化物で太る性質があるので2型糖尿病のモデルとして使われたり、昼行性で視神経細胞の種類がヒトと似ているため目の研究分野でも使用されている。医薬学部では規制が厳しく、ナイルグラスラットを施設で飼うことができないため、ナイルグラスラットを飼育できる環境は貴重。先生の研究室ではナイルグラスラットの行動記録システムの他、脳波記録システムも導入している。

蛍光・発光イメージング装置:蛍光色素、蛍光タンパク質や発光タンパク質を用い、ラットの脳スライスやショウジョウバエの脳組織、細胞株における細胞内の遺伝子やイオンの動きを、個々の細胞ごとに非侵襲的に観察できる。温度を制御できるようにした暗箱内で培養しながら数日間にわたってイメージングできる長期測定システムと、薬液を流し込んで薬理学的な応答を素早くイメージングでとらえることのできる急性測定システムを構築している。

リアルタイムRT-PCRシステム:目的DNAの有無と定量をリアルタイムに測定できる。

電気生理学的装置:細胞の電位変化を検出できる。

・その他、インキュベーターやクリーンベンチなどの汎用的な実験機器。

 

【関連リンク】

富山大学研究者プロファイル https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/eri-morioka

富山大学理学部生物科学プログラム教員と研究テーマ http://www.sci.u-toyama.ac.jp/study/research.html#bio

researchmap https://researchmap.jp/80756122

 

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