ーー研究室について教えてください。
内田氏:この場所はまさに、所狭しに様々な展示品で満ち溢れています。私たちはここを“デザインのドンキホーテ”と称しています。まるでここは、デザインが生み出す独自の世界を作り出してます。
学生が中心となり、彼らが企業に入社して作り出す作品や、将来にわたる展開を視覚化することが、この部屋の役割となります。ここは仲間たちが集い学ぶだけではなく、未来や理想の自己をデザインの中で見出し、その旅に出るための扉のような場所です。ドラえもんのピンクの扉ではありませんが、将来への「どこでもドア」と言えます。
一方で、研究員や教員は研究室のプライドを持ち、インパクトファクターを通して社会に認知されたいと思っています。私たちの目標は、デザインの力を活用して、ワクワクしながら豊かな社会や人生を自ら創造する人材を育成することです。そのためには、学生たち自らの気づきと創造力が重要です。その目的を達成するためにファブリケーションラボラトリーがあります。ここでは、実際に車の3Dプリンターで車の部品を製作し、車の組み立てを進めています。
また、このアルミは工学部の工場で切削加工され、ここで組み立てられています。このプロセスは、近未来の新しい車両のあり方を具体化し、実証することを目的としています。私たちはここで、デジタル技術と既存ツールを駆使し、単に事実や情報に流されるのではなく、深い思考を重視しています。
この学部は比較的新しく、設立から10年余り。名門校が多い中で、総合大学として、新しいデザインを生み出し、それを実生活に応用することを目指しています。例えば、こちらにある車は昨年のグッドデザイン・ニューホープ賞を受賞しました。
ーーそれは、すごいですね!これは完全にオリジナルデザインですか?
内田氏:はい。そうです。展示されているのは、ただのモデルカーではなく、実動するコンセプトカーです。そして、実際に走ります。日本ではまだ一般的ではないですが、欧州で見られるカテゴリーの車をモデルにしています。バックライトを含め、全ての機能が実装されている点が特徴です。
ただし、この車は国内の規制に適合していないため、公道での運転はできません。特筆すべきは、このプロジェクトが修士や博士レベルではなく、学士レベルで実現されていることです。これは、学士課程を終えた学生が自動車メーカーへ進むことを見据えた卒業制作です。
多くの学生がマツダやホンダなどへ就職し、そこで自らのキャリアを築いていくため、学士レベルでの実践的な経験が重要なのです。
ーー企業はどういう人材を求めているのですか?
内田氏:企業は、若くて柔軟性があり、早く成長する人材を求めています。ここでは学生たちが、自分の未来の車を実際に製作し、それにまつわる物語を自らの手で紡ぎます。博士レベルの専門性よりも、未だに染まっていない若い人材、良質な人間性を持った人材が重宝される傾向にあります。この点で、自動車業界は他の業界と異なると言えるでしょう。
正直に申し上げると、研究にのみ注力する人材よりも、実現力や具現化能力を持ち、自らの限界を設けない人材が求められています。まだ形になっていない夢をしっかりと捉え、それを具体化できる人材を望んでいます。これは、人間力や未来を見越す力を持った人材です。
メーカー関係者もまた、この部屋の雰囲気を通じて、私たちが重視する人材育成の特徴を感じ取っているとのことでした。
ーー企業とはどのように連携されていますか?
内田氏:前期には、ここでホンダの授業を開講しており、CMFに関するもので、全学年の学生が対象です。4期目では、ダイハツの授業を実施します。ダイハツのデザイン部長が来訪し、現場スタッフが参加して、実際の人材育成プログラムを展開します。
本来は3年生向けですが、1年生や2年生も受講を歓迎しています。ダイハツもこれに同意しています。というのも、これは人材育成を目的としているため、適切に設計されていれば問題はありません。大学の教育プログラムの枠に囚われず、人を育て、段階的にこの世界に慣れ親しんでもらうことが目的です。
企業側ではエントリーレベルからエキスパートレベルまで、教育プログラムを柔軟に設計しており、我々はそのサポートを進めています。
ーー様々な有名メーカーや企業の関係者が、こちらを訪れているんですね。
内田氏:はい、実際に日産やトヨタの方々も最近訪れました。来年はトヨタやダイハツに進む学生もいます。また、AIを扱う方々との交流もあります。私たちは多くのメーカーと連携しており、彼らからのサポートを受けるとともに、講習会や教育プログラムへ人材を派遣してもらっています。
ーー授業においても、これらのメーカーの協力があるのですか?
内田氏:はい、例えばインターンシップについてですが、現在マツダでのインターンシップが行われています。
モデリング講習会も終了し、インターンシップも終わりました。3年生、2年生、1年生も参加しています。文部科学省の規則により、正式な「インターンシップ」とは呼べないかもしれませんが、私たちは規則に縛られず、インターンシップと同様の経験を提供しています。未来を具体化し、設計の想像力を育成するためには、実際の体験が欠かせないと考えています。
体験を通じて最も重要なのは、自分の目で現実を見て、五感を通じて感じ取り、憧れの人物や描いていた未来に触れることです。これは、自分がどうありたいか、どうなりたいかという願望を現実の中で具体的に捉えることを意味します。このプロセスを経ることで、自らが設定した限界を超え、新たな挑戦に踏み出す勇気が湧いてきます。この「やってみよう」という気持ちが、未来を形作る力となるのです。
そうしたモチベーションが、自分の潜在能力の扉を開く鍵となります。私たちは、学生にそういった貴重な体験の機会を提供しています。何よりも、実際に自らの目で見て学ぶことの価値を重視しています。オンラインの枠を超えた教育も目指しており、この業界に若い人材を多く引き込むことが重要だと考えています。
昨年と一昨年は、北陸連合のプログラムでいくつかの問題に直面しましたが、それでも前進を続けました。また、私が過去にポルシェで働いていた経験を生かし、ポルシェの山下周一さんを招いて講義を実施しました。
ドイツから来ていただき、シンポジウムを開催すると共に、ポルシェデザインに関する講義を実施しました。この授業は当校の学生だけでなく、他大学の学生も招いて開催しました。学校の枠を超えて、このような機会に触れることで、学生たちの現実の世界が広がり、新たな可能性が生まれると考えています。
こうした機会がなければ、容易く閉鎖的な思考に陥りがちです。確かに研究は重要ですが、それは点として特化に偏りがちです。
ーーどのようなことがあり、お話しされたような教育プログラムを作られたのですか?
内田氏:私はもともと教育者ではなく、カーデザイナーとして、またプロダクトデザイナーやインダストリアルデザイナーとして活動してきました。
この経験を生かし、大学の外に広がる世界、その多様な景色を学生たちに伝え、大学の設備や教育施設を通じて彼らの理解を深め、育成していくことに焦点を当てています。私の目的は未来を創造することであり、単に研究にとどまらないことです。
研究は、社会や人々の変化に対する目標を持つ際の手段の一つであり、あくまでも「おかず」のようなものです。私たちの目的は、次世代のワクワクを創り出すことです。学生たちは未来の種であり、ここでデザインを通じて次世代を育む方法を探求しています。これがこの教室の目的であり、現在もここで行っていることです。
私自身の専門知識と経験が深いため、それを活かして学生たちを指導し、彼らが知識を深く吸収するよう努めています。まるで骨の髄まで吸い取られるような献身的な教育ですが、それが次世代の刺激となり、彼らの成長に寄与するならば、それで良いと思っています。
ーー授業で重点を置いていることは何ですか?
内田氏:授業では実践的な内容に重点を置いています。私たちは「生きたデザイン」を目指しており、デザインはまるで生きているかのようなものでなければなりません。それは「キトキト」(新鮮)であることが必須です。社会の速い流れの中で、鮮度を保ちつつ、それを活かした提供ができるかが重要だと考えています。
ーーつまり、生きたデザインを作り上げるためには、実践を通じて積極的にチャレンジし、学ぶことが重要ということですね?
内田氏:確かに学びや気づきは大切ですが、それを超えて知識を活かす、すなわち具現化する力が必要です。
研究の意義について「何のために行うのか分からないが、大切だ」という意見がよくありますが、私は一定の理解を示します。ただ、すぐに具現化することが目的かと言われれば、そうではないと思います。ビジョンを持ち、そのための研究の意味を、順序正しく、あるいは逆の流れで考える広い視野が非常に重要です。
一点だけに集中するのも問題ですが、見えている世界だけに留まるのも不十分です。また、周囲だけに目を向けて本質を見失うのも良くありません。これら両方のバランスを取ることが重要です。
私にとって、デザインを進めながら専門性を発揮する際、最も重要なのは、そのデザインが最終的にどのように実用化されるか、出口にどれだけ繋がっているかです。ドイツでの経験もそうでしたが、単に未来を見越すだけではなく、伝統を含め、過去の進展と、未来に形成される新たな領域と繋がっていないと、デザインは弱いものになってしまいます。
ドイツで長く過ごしたことから、私はデザインを進化という観点から捉えています。ポルシェの家紋のようなデザインがその一例です。その結果、現在という時点で過去と未来の間に立ち、広い視野を持ちつつ、自分の方向性を正しく定めて前進していました。
現場出身として、私は生きたデザインを実現するために必要なこと、即ち、学生たちと共に何を創り出すかを共有し、共感し、理解し、具現化し、進化させる事を進めます。富山大学芸術文化学部では、そうしたことが実現可能であり、それがこの場所の素晴らしい点です。
ーー富山大学芸術文化学部ではなぜ「生きたデザイン」を実現しやすいのでしょうか?
内田氏:富山はアートだけではなく、工芸や日本の伝統芸術が深く根付いている場所です。ここには振られることなくしっかりとした芯があり、これはドイツでも重視されている文化的側面です。富山ではそれが言語化され、しっかりとした根底があります。
建築でいうと、しっかりとした杭や基礎があるため、上に伸びて行くのです。このような文化的資質や素養が根付いているから、たとえ私が少し振動を与えたとしても、それに耐えられるだろうと思います。
ーー伝統工芸を教えながら、同時にインダストリアルデザインも教えていますね。これは一見相反するように見えますが、実際はうまく融合していますね。
内田氏:富山大学芸術文化学部にある技芸院、つまり文化財保存・新造形技術研究センターにおいて、私は副センター長を務めています。
技芸院と聞くと古い伝統を守るだけのように思われがちですが、実際には先端技術も取り入れながら、両者をバランスよく進める取り組みをしています。来年も再来年も継続して行う予定です。これが可能なのは、富山大学が総合大学であることの特性によるもので、これが単科大学との違いであり良さです。
工学部があることから、多様な技術や素材、ソフトウェアを含めたコントロールなど、様々な要素が身近にあり、これらを活用する土台がここにあります。重要なのは、これらの要素から新たな共鳴や面白い絡み合いをどのように生み出すかです。素粒子論とは異なりますが、その絡み合い方が魅力的です。
デザインは、本質的に絡み合いです。答えではなく、気づきと問いの形を取ります。それによって人は進化し、変化します。デザインはハードとソフトが微妙に混じり合ったユニークな世界で、学生たちは本能的にそれを理解します。ですから彼らはここに来るのです。
その発見や気づきを抑え込まないように、私たち教員も時代遅れにならないよう進化し続ける必要があります。ここでのテーマは「未来を共に旅する」です。豊かな未来を創造するための基盤がここにあります。富山は北陸に位置し、周囲には豊かな自然資源と文化があります。
都会とは異なり、人間の欲や短期的な経済論ではなく、人の生き方や地域性を重視した魅力が豊富です。長期的な取り組みに適した場所です。山も海もあり、立山もある自然豊かな場所です。金銭では計り知れない魅力がある場所で、小さいながらも、その魅力についてデザインを通じた研究で探求しています。
続きは「後編」をご覧ください。
(※後編は2024年1月下旬公開予定です)