今回は、学術研究部工学系 准教授中路 正氏へのインタビュー記事を掲載します。中路氏は「人の病気を治すバイオマテリアルの開発」を目標に、難治疾患の再生医療に貢献できる材料の開発・研究を行っています。研究内容について教えていただきました。
--研究内容について教えてください。
中路氏:生体活性材料の設計および開発です。元々合成高分子を用いた機能材料に関する研究を進めていましたが、生体高分子およびタンパク質を利用した研究を進めるようになり、バイオアクティブ材料の開発を手がけるようになりました。
富山大学に着任し准教授になった後、初めて学生を受け入れることになったとき、高分子に特化した材料開発をやりたいという希望があったことから、現在は、合成高分子を利用した研究・開発も、生体高分子を利用した研究・開発も両方進めています。
私は、生体現象は、全て化学と物理で説明できるとの考えを持っていまして、化学と物理が理解できていなければ、生体を、そして生体に対して良い材料の開発は出来ないと考えています。そこで、化学と物理を学んできた学生と一緒に研究したいと考えて、応用化学の学科を選びました。
学生たちがこの応用化学で何を目指したいかと聞いてみますと、化粧品を作りたいとか、環境に優しい材料などを作りたい等、マテリアルサイエンス寄りの研究・開発がしたいという話が多く聞かれました。
ですので、私が持っている知識やスキルと、学生たちがやりたい研究を、マッチングさせて学生の研究テーマを決めています。その影響から、研究室のテーマは、バイオアクティブとバイオインアクティブの2つの柱で進めるようになりました。
バイオインアクティブマテリアルは、生体に対して全く侵襲性がなく、生体内にいても何も悪さをしないようなポリマー材料のことを指します。これは、元々バイオアクティブマテリアル開発を行ってたことも有り、その対となるように命名しました。その後、いろいろな学生が配属され、学生のやりたいと考えていることが千差万別なこともあり、現在では、バイオコスメティックマテリアルや、バイオクリーンマテリアルの開発研究を加えた4つを柱にして研究を進めています。
--研究の特徴について教えてください。
中路氏:バイオアクティブの研究では、タンパク質を高分子にぶら下げるということが特徴になります。
タンパク質は、溶液中であれば拡散していき全体に広がる特性があります。よって、無駄があります。また、目的の細胞に効いてくれない、組織に効いてくれないことがよくあるので、タンパク質を高分子にぶら下げることによって、目的のところだけに効かせるような材料の開発を進めています。ちなみに、タンパク質をぶら下げることに対して、私はタンパク質アンカーリングと名付けました。
タンパク質を使う、高分子を使う、アンカーリングという3つの要素を基本として、様々な材料を設計しています。この基本要素と、学生がやりたいという研究に合わせるような形で、一つずつ研究テーマを立案しています。
毎年、バイオアクティブ・バイオインアクティブ・バイオコスメティック・バイオクリーンの4つの柱を軸に、約10個のテーマを考えて、そのうち1人1つずつ学生が受け持っていく方法で進めています。
--実際、研究を推進された中で、製品化に近いところまで行ったものはありますか?
中路氏:京大に在籍していた時に開発したバイオアクティブの培養器材は、某大手メーカーから発売され今も販売されています。
--特許料収入は入ってきますか?
中路氏:はい、ほんの少しです。なぜなら、開発したものは、特別に培養する時にしか、使われないからと聞いています。あと他に、自身が研究に携わって商品化されたものというと、某大手塗料メーカーのモノマーを使って作った機能性ポリマーコーティング剤があります。私は、その機能ポリマーの合成方法や性能評価、コーティング方法について研究しただけで、製品開発までには至っておらず、某大手塗料メーカーは、商品開発までつなげてくれる連携企業を探していたところですが、某大手塗料メーカーもモノマー開発だけではなく、製品開発まで自社で行うことを、ここ1、2年の間に決定したみたいです。もしかしたら、これから製品化に進むかもしれません。
特に、このバイオクリーン材料に属する研究ですが、花粉を吸着させない、花粉を逆に高吸着させて二度と逃さずに、そのまま捨てるというような、花粉の吸着制御できるような材料というポリマーのラインナップの開発を進めています。
私が商品化につなげてほしいと考えているのは、花粉を吸着する掃除機の集塵パックです。花粉吸着・低吸着のポリマー材料探索の研究を進める中で、一昨年、自らが花粉症になってしまいましたが、花粉症になってわかったことは、掃除機をかけるとものすごく辛いことです。
排気で、集塵パックから花粉や、また花粉が破壊されて出てくるアレルゲンが放出されます。そこで高吸着させて二度と逃さない、吸着しても花粉が壊れない、そういうポリマー材料が有れば、問題を解決できると考えて、高吸着であり花粉を壊さないポリマーを見つけました。
その後、製品開発を進めるための基礎のデータを全部出しました。それを某大手塗料メーカーが特許として出願してくれています。
--なるほど、それはすばらしいと思います。
中路氏:壊さずに吸着でき、二度と剥がれない材料をポリマーで作れるようになりましたので、集塵バックを作ってくださいと今は言っています。
--是非とも商品化して頂きたい。私も集塵パックを変えるときに、ダメになってしまうんです。
中路氏:そうですよね。私の目的は、人知れず人の役に立つような材料を作るということです。例えば、お医者さんにとって最強の武器になるような材料を作りたいと思っています。
私は、研究者自ら目立つのではなく、研究内容が注目されることが重要だと思っていますし、それを使ってくれるお医者さんが目立てば良いと思っています。
--何か目標になることはありますか?
自身が開発した基礎材料が実用化までこぎつけることですかね。例えば、美容と健康を両立できるような製品になったり、クリーン材料ということで役に立てること、例えば、アトピーやアレルギーを抑制できて、心地よい生活ができる、そんなふうな材料を開発するのが今のところ目標です。
引退するまでに、少なくとも5本ぐらいは商品化されたものがあるというのを目標にはしていますが、今はまだ某メーカーが商品化してくれた1つだけです。しかしながら、共同研究している企業から実用化まで持っていきましょうと言って頂いている研究が、2つあります。
--どこの企業ですか?
中路氏:県内企業のT社です。産学連携本部の高橋さんと大森先生が「こんな話が来てるからやってくれないか」ということでT社との共同研究を持ってきてくれました。
研究者にとって、研究を世界に発信するということは大事ですが、富山県の国立大学なので、富山という地域にも貢献しないといけないと思っています。
--ところで、先生は、現在、研究テーマをお持ちになられていますか?
中路氏:そうですね。私自身が進めるテーマは、元々3つ持っていました。しかし、学生から「ミーティングをしたいのですが、なんでそんなに忙しいんですか?」と言ってくるので、これはまずいと思い、学生に研究テーマを渡しました。その結果、自分の研究は1つになりました。今は、眼病の予防と治療を両立できるコンタクトレンズ開発に関する研究を進めています。
--そうなんですね。それは、どのような研究ですか?
中路氏:コンタクトレンズを着けていても眼病が悪くならない、悪化しないというような材料の研究になります。最初に思いついたのは「バイオインアクティブの高分子をコーティングする」という改良です。
そうすれば花粉もつかない、細菌もウイルスもつかない、つまり汚れないので、目が充血しない、タンパクがつかない、それで充血も収まるだろうと考えました。ただ、これは誰でも考えるだろうと。調べてみると様々な手法が提案されているみたいでした。
加えて、悪化している状態でコンタクトをつけて予防したところで、あまり意味がありません。それならばと「治す」という点も含めた改良を施すことにチャレンジすることにしました。
これは、バイオコスメティック材料開発において取り入れている「薬剤除放」と同じような発想で、コンタクトレンズから、定期的に薬剤が選択的に徐放される仕組みを搭載させることを検討しました。ただし、だらだらと徐放させることは誰でもできますし、誰でも考えそうなことです。
一方で、私としては、徐放に選択性を持たせることを考えています。例えば、眼病の症状で最も多く現れる症状である、涙の量が少なくなってドライアイとなった場合、水分がなくなるだけで、タンパク濃度、および塩濃度が上がるので、それを利用して、ドライアイの症状をトリガーとして薬剤徐放が急に早まるようなコンタクトレンズにするというアイデアを立案しました。
今は、特許も出願してもらったので、その論文を書いてる途中です。元々研究を始めた時には、某化学メーカーから「何か面白いことありませんか?」と聞かれ、「こんなことをやっています」と答えたら、それを共同研究にしましょうということになりました。
私が出したアイディアを、企業が具現化してくれています。私は、どちらかというと基礎の部分、薬剤徐放や、タンパク質吸着抑制、そういうところの基礎のデータを全部出すというだけになりますが、企業サイドでは、あとの商品化を受け持っていただくということになります。つまり、企業側では「こうすれば、安価に開発できる」というようなところを、受け持ってもらっているという感じです。
--実際、今までやられていた共同研究での役割でも同じようなことがいえますか?
中路氏:そうですね。私は、自分ができることと、できないことを認識しているつもりです。商品化まで持っていくためのコストダウンをきちんと考えてたとしても、企業からしてみたら全然甘いということになると思います。
そこは企業の人に考えてもらって、私は基礎の理論的なところや、絶対にこれは間違いないというエビデンス等を取るような研究を進めています。
ですから、応用研究という位置づけではありますが、基礎研究は絶対に疎かにはしないというスタンスでやっています。
--コンタクトレンズに関して量産化は近いですか?
中路氏:私が考えたやり方ですと、コストが非常に高いとの事。コンタクトを作った後で、高分子をコーティングするために溶液に漬けます。それは研究室内では簡単にできるわけですが、大量に行うとなると、すごく人手がかかるとの事です。企業の方ではそれをライン化する方法について検討しています。
私が研究の中で行っていた、溶液中で普通に重合するやり方ではなく、ベルトコンベアのラインにして光を当てること、つまり光重合によって、コンタクトレンズにコーティングするという量産化の検討をM社の方で行ってもらっています。
研究室レベルでは普通にガラガラ混ぜて、コーティングできても、それを企業に持っていくと、いくらお金あっても足りないよということになります。
いわゆるシステムエンジニアリングの分野における課題解決ですね、どれだけの機械が必要で、何千個とか作らないとダメとかいう話です。
このように、こちらでできること、できないことをきっちり話して理解してもらえること、人と密に相談しながら連携できるようにするのが最も大切と思っていまして、企業と共同研究する時には、そのような密な連携ができるように、その企業の人の、人となりを重視して選んでる感じです。
--どういうマインド、どういう姿勢の人と合いそうですか?
中路氏:そうですね。私がお断りした企業はいくつかありますが、そのような企業さんは、いかに売れるかということだけを考えておられるんです。売らねばならないという考えはよくわかりますが、それでしたら、企業だけで考えた方がいいと思っています。
論理などを追求した上で、その商品の確固たるエビデンスが欲しいと言われないと我々研究者は動けませんから、最初の面談やミーティングでそこを詰めます。
T社さんとは、3回か4回くらいミーティングして、お話を受けることになりました。
私たち研究者は、国民の税金で研究させてもらっているので、それをどうやって世の中に還元するのかというと、まずは論文という目に見える形で還元するのが最低限絶対に成すべきことである思っています。
論文という後世にも残る知識の詰め物を世の中に出さないと、私は話が始まらないと思っています。
論文は絶対書かないとダメですので、企業側がまずその考えを了承してくれないと困ります。企業さんの中には「いや、うちは論文なんか必要ないから」と言うところもありまして、お断りした経緯もあります。お互いが理解しあって譲歩できるという関係性がまず第一かなと思ってはいます。
--企業によっては、閉鎖的な企業もありますよね。
中路氏:論文は絶対いらないという企業の方が、まだ多いですね。
--それは、企業サイドとしては、論文は書いてもらいたくないからですか?自分の会社だけで保持しておきたいということですかね。
中路氏:こちらも論文は特許出願を終えてからと思っていますし、特許で守られているので、論文発表を拒むような問題はないと思ったりはしますが、どのような意図かは私には分かりません。
特許に出すとなると国内だけでも数十万円かかりますし、それを維持していくのに、ランニングコストが数百万円かかります。それを海外でも出すということになれば、ヨーロッパ以外にもアメリカも出さないといけない、中国も出さないといけない、ということになりますから、どんどんコストがかかっていきます。これを抑えたいからなのかもしれませんね。
特許でカバーしきれず盗まれること、改良して近い商品を出されることを考えると、論文は出されたくないとおっしゃる企業もありました。ただ単に、論文に時間をかけるのは無駄だと思われている企業もあると思います。
そういうことを言われると、私の立場からは辛いです。国民の税金で研究させてもらっている私たちは、どうすればいいのかと思います。理解していただけないところは結構あるように感じています。
--自分の会社の利益しか考えてない、売上しか考えていないという企業は、結構多いと思います。そういうところとは、やりづらいですよね。
中路氏:やりづらいのはあります。また、開発にかかる商品のアドバンテージ、売りになる部分を証明するためのエビデンスとなる基礎データ、ベーシックデータを出すことが、一番お金がかかります。
企業としても、そこにできるだけお金をかけずに、製造ラインなどにお金をかけ、コストを下げて、利益を上げようと努力されてると思います。そうなると基礎のデータは欲しいが、お金はかけたくない、ということになるのだと思います。
私の上司にあたる先生方の時代は、手っ取り早くそこは大学などに任せてという風潮があったため、かなり搾取されていたと思います。言葉は悪いですが、私たちのボス級ボスの世代の先生方は、企業との共同研究では、いわゆる企業の使いっぱしみたいな感じでやっていました。ですので、私が企業と共同研究しているのを、私を育てたボスは、企業の飼い犬になるために育てたわけではないと言われたことがあります。上の世代の先生方は、少なからず、企業との共同研究をあまり良く思われてないのだと思います。
ただ、私の持論としては、学者・研究者が製品開発まではできないと絶対に思いますので、そこはできないところとできるところを棲み分けて一緒にやるというのが、私は、一番効率がいいと思っています。そういう風に思うのは、上の世代の先生方が搾取されてきたからという思いもあってのことと思います。
また、その逆に、企業側も大学との共同研究をあまり良く思っていない世代の方は多くいるように思うこともあります。大学の先生の中には、研究費を稼ぐために、上手いこと企業を利用して、企業が本当に欲しいデータをあまり出さずにやり過ごすという方や、膨大な研究費を要求してくるといった方など、事例として少し耳にしたことはあります。
このように、いろいろと見聞きしたことからも、お互いがちゃんと密に話合い連携し合えるような人と人の関係を、特に信頼関係を、共同研究をする上で、第一に要求したりするのかもしれません。少し偏った考え方かもしれませんが。
企業と研究者は、対等な立場にあってほしいと思いますし、それを強く望みます。ただ、我々研究者は、国や民間財団などの競争的研究費を頂いて研究室を運営していますが、お金を稼いでくるというマネジメントはなかなかできません。
企業からしたら、企業は自分で稼ぎ自分で運営費を回しているというのをやっているので、お金、特に研究費に関して、国民の税金や財団の助成に頼っている私どもは、あんまり文句は言えない立場にあると、自身では思っています。企業は自分で稼いでますからね。
このような考えから、こちらからお金の話を持ち出すのは、実はなかなか難しいのが実情です。そのため、産学連携本部が前に出て動いてくれるのが、すごく嬉しい限りです。
本来、私はお金の話を持ち出すのが大嫌いなんです。研究費にこのぐらいかかるから、このぐらいもらえないなら出来ない、そういうことを本当は言わないとダメだとは思いますが、信頼関係の上で共同研究を始めましたという人に、なかなかお金のことは言いにくいものです。
これだけないと私はやらないよなどと言って、お金の切れ目が縁の切れ目みたいなことは言えないので。なので、そこは分担して、産学連携本部に丸投げしています。
契約の時に、費用はこのぐらいかかるだろうということを産学連携本部に伝え、「あとは産学連携本部さん、よろしく」というような感じで依頼します。
--なるほど、産学連携本部へ上手く依頼されているのですね。ちなみに、現在、どういう企業や組織との連携を求めていますか?
中路氏:バイオ材料はコストパフォーマンスが悪いと云われています。それは、売れるまでの先行投資が結構大きいためです。
バイオに近ければ近いほど、病気を治すところに近ければ近いほど先行投資は、億とか兆まで行きます。そうなると企業に耐久力がないと着手困難です。
バイオ企業というと、日本には色々あるかもしれませんが、耐久力があって何でも手を出せるのは、私の知る限りでは6社くらいしか思いつきません。それらの企業は元から原資があるので、失敗しても、それで会社が傾くようなことは絶対にありません。
そんな風に考えると、バイオ材料で共同研究は難しいかもしれませんが、一方で環境高分子材料や、化粧品の中でも薬用化粧品になるとハードルが低くなるので参入しやすい、共同研究に発展させやすいのではと思います。
もし、こんな材料を作りたいけれど、そんなエビデンスもないし、本当にできるのかわからないというのがあれば、話を伺って、私の力でなんとか出来るようであれば、共同研究をしたいものです。
実際T社は、現在、特殊細胞培養機材を商品化まで持っていこうとしていますが、元々T社は、普通のプラスチック表面への微細加工技術を持っている企業でした。
その技術を応用できないかということで、産学連携本部に声をかけられたという経緯があり、細胞培養で使えないかということで話が進みました。
構想から商品化までのストラテジーは率先して私の方で考えました。正直なところ、少し負担が大きかったのですが、基礎研究にも展開させまして、こちらとしても利になっているので、全然気にしていません。
こういうシーズがあるとか、こういうニーズがあってこういうの作れないかなど、そういう内容であっても、声がかかれば検討しますし、それが共同研究になることもあると思います。
私の特徴として、何にでも興味を示し、自身の知的好奇心に少しでも繋がることであれば、手を出したり協力したりしますので、結構門戸は広い方だと思います。
まずは自分ができることを対外的に発信して、企業側がその中から合致しそうな内容をピックアップしていただいて、産学連携本部に話が来るという形が一番いいかな、スムーズかなと思います。
続きは「後編」をご覧ください。
(※後編は2023年9月下旬公開予定です)