富山大学 研究者インタビュー#34
2025年6月23日12:00
日隈 美朱 先生
富山大学 経済学系 助教
日隈先生は、国内の海苔産業にフォーカスを当て、
社会科学の視点から産業存続のための課題分析や提案を行っています
おにぎりや寿司など、和食に欠かすことのできない海苔(のり)ですが、近年の温暖化などの影響で海苔の品質が変化しており、これまで私たちが親しんできた海苔の『当たり前』が揺らいでいます。流通論やマーケティングがご専門の日隈先生は、海苔産業にフォーカスを当て、生産者・中間流通業・消費者それぞれの動きを研究し、海苔の品質変化、ひいては海苔産業の存続問題に対応しようとしています。
「私の親戚は愛知で漁師をしています。母も子供の頃は海苔養殖を手伝っていたそうで、その思い出話をよく聞いていました。そしてシーズンになると毎年海苔が送られてくるという環境で育ちました。大学に入り、地場産業の研究をやろうと思ったときに、知多市立歴史民俗博物館に調査に行くと、漁業資料をとても多く収集されているんですね。それを使って卒業論文を書くことにしたのがきっかけで、漁業・海苔産業の研究を始めました。」
図1 全国における乾のり生産量と平均単価の推移(2013〜2024年)(日隈先生ご提供)
注)1.単位は生産枚数=千枚,共販価格=1枚あたり円。
2.海苔年度(11月~翌年5月)での集計。
出所)愛知県漁業協同組合連合会『愛知県乾のり共販基本方針』各年度版;
海苔産業情報センター『海苔ジャーナル週報版』第36巻第3号(2025年5月19日)より
海苔の取引制度は、明治後期には明文化されており、海苔の格付けの基準(形、重さ、色味など)を含め、現在もほとんど変わることなく使用されているそうです。
「この頃の資料には等級基準だけでなく、海苔の作り方に関しても、こと細やかに記述されています。例えば、海苔収穫の前半はなるべく薄い海苔を作りましょうとか、天日干しするときは乾燥期間が長くなったら等級をわけてくださいといった具合です。最初はこの意味が理解できなかったのですが生産現場に入ってみると、合理的で非常によくできた手引書であることがわかりました。海苔の高品質化や効率的な流通は、生産者と共販制度がそれぞれの役割を制度的に分担し、機能してきた結果であることが分かります。現在も、生産者はこの共販制度に則って出荷を行っており、制度の運用を通じて信頼関係が築かれています。」
海苔の流通は以下の通りで、現在も共同販売場にほとんど(約99.5%)の海苔が出荷されていることが特徴です。
図2 共販制度下における流通経路と作業プロセス。(日隈先生ご提供)
実線の矢印:海苔製品(乾のり)の流通の流れ=共販制度にもとづく「モノの動き」
点線の矢印:各段階での作業工程・処理内容=制度の内部で行われる「プロセスの詳細」
生産者:養殖・一次加工(乾のりの製造)
海で育てた海苔を摘採し、洗浄・乾燥・成形して板状の「乾のり」に加工します。製品は漁協を通じて県漁連に出荷されます。
県漁連(共同販売場):検査・等級付け・入札販売
出荷された乾のりは異物検査と等級付けを経て、共販制度にもとづき一括で集荷・入札販売されます。品質の均質化と価格の安定が図られています。
加工業者:再加工と流通
落札された乾のりは、焼きのりや味付けのりなどに再加工され、業務用・家庭用・贈答用として全国に出荷されます。
共同販売という取引制度を介し、安定的に流通してきた海苔ですが、生産現場では、(1)科学、(2)経験、(3)制度の3つの視点を組み合わせて、安定した量と品質を確保してきました。
図3 海苔産業における制度・科学・経験の相互関係(日隈先生ご提供)
「例えば海苔が採れなくなったときは、(1)科学の視点から、海の中の栄養やpH、プランクトンの量などを数字で見て、海の状態を調べます。そのうえで、「いま海で何が起きているのか」「どう対応したらいいか」を考える手がかりをくれるのが、科学の役割です。(2)経験の視点からは、それぞれの漁師が、何十年も海苔と向き合ってきた中で培った「こういうときはこうする」といった体に染みついた知恵に基づいて動いています。数値やマニュアルには表れない『海苔の勘』のような経験知が、現場での判断を支えています。(3)制度の視点からは、同じ海を使う漁師が足並みをそろえて『網の高さはこれくらいに揃えて病気にかからないようにしよう』というようにルールや秩序を守って、海苔が育ちやすい環境を整えます。」
しかし、ここ数年はどの方法を使っても、今まで良いとされてきた品質の海苔が採れないという状況が続いています。これら対処方法に対する信用が揺らいでいるだけでなく、もう海は回復しないのではないかという不安も大きくなっていると言います。
「私は、社会科学の研究者として、科学で明らかになったことや制度として決まったことに対して、皆が同じ方向を向くためにはそれぞれの役割をどうしたらいいのか、人はどう変わっていくべきなのかを示すという面で力になりたいと考えています。」
現在の海苔の変化に対応し、国内の海苔産業を持続させるには消費者の価値観も変化する必要があるのではないかと日隈先生は考えています。
「消費者の価値観が変わらなければ、生産者だけが持続可能性の責任を負うのは不公平です。今の規格や制度は、かつての自然に合わせて作られたもので、それを守ること自体が今では生産者のリスクになっています。色や形の違いを『失敗』とせず、その年の自然を映すものとして受け止める関係が求められています。」
また、現在の取引制度についても見直しの余地があると考えています。
「現在の海苔流通システムでは、共同販売場を通ることによって、既存の日本のコメ文化のために作られた形状や規格で固定されてしまうんです。そのあとの工程でできることは、切るか、味をつけるか、焼くかくらいしかないんですよね。別の海苔の規格があったら、どのような新しいものづくりができるのかということを考えることも必要だと考えています。」
日隈先生は、海苔産業の生産者・中間業者・消費者の現場に自ら入り込むことで、深く状況や実態を理解し、産業全体の課題やこれからの産業に必要なことは何なのかを社会科学の視点から分析し、提案されています。海苔産業以外でも、環境の変化によって時代に合わなくなってきている産業や流通制度は多く存在すると思います。生産からエンドユーザーに至るまでの流通全体を改めて俯瞰する取り組みから見えてくるヒントも多くあるのではないでしょうか。
共同研究等のご相談はOneStop窓口からお願いします。
(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)
富山大学研究者プロファイルpure https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/miake-higuma
Researchmap https://researchmap.jp/higuma-nori