INTERVIEW

研究者インタビュー

富山大学 研究者インタビュー#46

2026年1月26日

 

金鎚を通じて素材と対話する
~鍛金技術の世界~

今淵 純子 先生
富山大学 芸術文化学系 准教授

今淵先生は、金属を金鎚で叩いて加工する『鍛金技術』を通じて、
素材との対話から生まれる造形の美しさとその技術を次世代へつなぐ教育・研究に取り組んでいます。

 

 はじめに

 金属工芸の中でも、金属を金鎚で叩いて加工する『鍛金』に取り組んでいるのが、今淵先生です。ジュエリーや日用品などの制作研究に加え、重要文化財の制作過程・技術を調査・分析するなど作品研究にも力を入れています。

「元々絵を描くのが好きで、布に絵をつける染織に興味を持ち、芸大の工芸科に入りました。染織・陶芸・漆・鋳金・彫金・鍛金といった工芸技術を一通り学んだ中で、鍛金が一番面白いと思い、その講座に入りました。金属を叩いていると、“あっちに行きたい”とか、“こういう風に曲がりたい”みたいなことを素材が言っているのが手から感じられるんですね。最も原始的でシンプルな、赤ちゃんでもできる『叩く』という動きで、金属を加工できる面白い技術だと思いました。」

表1 金属工芸技術の種類と特徴

技術名

特徴

鋳金(ちゅうきん)

金属を熔かして型に流し込み、冷やして固める

彫金(ちょうきん)

金属の表面に彫刻や装飾を施す

鍛金(たんきん)

金属を叩いて延ばし、形を整える

 

叩くことで生まれる機能と美

 鍛金技術の第一の目的は作品に機能を持たせることです。例えば、飲む用途の作品であれば、飲み口を厚く、側面を薄くすることで、強度と軽さを両立できます。これは世界中の鍛金職人が太古からやってきた技術です。叩くことで、美しさも加わります。金鎚の跡である鎚目(つちめ)は作品に表情を加えるだけでなく、他の技術と組み合わせることでまた異なる表情を見ることができます。今淵先生は制作研究を通して、鍛金技術の可能性を伝えています。

 

図1 鍛金技術の差による外観の違い(左図、筆者撮影)。金鎚の叩き方、金槌表面のテクスチャーなどの違いで様々な表情を表現できる。溶ろける湯呑み蓋(右図、今淵先生Instagramより)。金属との対話により生まれた自然な曲線が美しい。

図2 木目金(もくめがね)と呼ばれる技術を用いた作品。色の異なる金属をバウムクーヘンのように何層にも重ねた後に削り、さらに金鎚で叩いて伸ばすことで、木目のような独特な模様ができる。蕎麦種文花器(中央・右図、今淵先生Instagramより)。蕎麦の種の皮の模様から強い影響を受け木目金模様を生み出した。

 

作品研究から学んだ技術伝承の必要性

 活動初期は制作研究が大部分を占めていた今淵先生ですが、現在は技術伝承にも力を入れています。そのきっかけとなったのが、明治期の彫金師・海野勝珉が制作した『蘭陵王置物』と『太平楽置物』(宮内庁三の丸尚蔵館収蔵)の調査研究です。この研究では彫金・鋳金・工芸史の研究者と共同で作品を熟覧し、製作技術などを調査・分析し、記録しました。

図3 調査研究の対象とした海野勝珉作品『蘭陵王置物』(左図)、『太平楽置物』(右図)(皇居三の丸尚蔵館収蔵、参考文献:https://doi.org/10.15099/00015944)

「この研究は、これまで自分がやってきたことと、これから学生に伝えていくことは何だろうかということを改めて考えるきっかけになったという意味で、一番印象に残っています。海野勝珉作品のような高度な工芸技術を次世代に伝承するには、技術指導、鑑賞、保存などとともに、これからの時代を作っていく人材にとって興味深い研究対象であり、現代生活で使われる要素の一つであると思える気付きを与えていく必要があるのだと実感しました。」

 フィンランドへの留学も経験してきた今淵先生は、技術伝承は日本だけなく、世界共通の課題であることも実感しています。

「例えば、フィンランドの高等教育機関では、すでに金属工芸技術を教える土壌が失われつつあり、他国に行って勉強するしかない状況が生じています。世界でサポートしあっていかなければ、工芸技術が衰退してしまいます。効果的な技術伝承について、世界にも発信できる形で残したいと思います。」

 

手仕事を活かした実践教育設計

 今淵先生のもとで鍛金を学ぶ学生の多くは、クラフト作家としての独立を目指しています。そのような学生が、卒業後に技術で生計を立てていくことも技術伝承には不可欠です。そこで今淵先生は、少量生産を実践的に学べる教育機会の整備に取り組もうとしています。

「手作業ならではの大事な部分は残しつつ、効率良く作っていく技術や知識を深めるということも大事だと思っているため、これまでは、自営業者として物を作って売るということで生計を立てるための技術修得を目指せるような指導をしてきました。しかし今後は、金工作家が、金属加工の製造を担う企業とともに製品開発で協力していけるような製造モデルも示していけたらと考えています

 富山県には金属加工を得意とする企業が数多く存在しています。近年、製品市場ではデザイン性や芸術性の価値が高まっており、クラフト作家による創造的な意匠と、企業の高度なものづくり技術が融合することで、新たな産業の可能性が期待できます。

 

世界の鍛金に目を向けて

 別の視点では、世界各地の鍛金技術の違いにも注目しています。

「海外の鍛金職人の音を聞くと、地域によって全く異なります。チベットの職人の作業音が、私の師匠の叩き方とそっくりで。中国の西安でも、道具の扱い方や作業音が日本と似ていて、シルクロードを通じて技術が伝わってきたんだと実感しました。」

 技術だけでなく、価値観にも文化の違いがあると言います。アジアでは、素材を無駄なく使い、丁寧に叩いて軽く仕上げることに美しさを見出します。一方、欧米では粗く叩いた後に表面を削り、光沢を出し、見た目の形状に価値を置く傾向があります。こうした技術の音や価値観の違いがどこから分かれ、どこまで共通しているのか、鍛金の技術分布も調べてみたいとお話いただきました。

 

おわりに

「ひと昔前までは、町にも鍛冶屋さんがあり、金属を叩く音もよく聞こえたものです。現代ではそのような職業が減り、金属を叩くということ自体どういうことかわからないという人たちが増えていると思います。鍛金技術で作られたものを、ぜひ日常で使っていただき、良さを実感してもらいたいです。できることなら、自分の手で作ってみてください今年の富山大学公開講座では、受講者の方々に『おろし金』の作り方を指導しました。一般的に販売されているような形ではなく、受講者の皆さんの自由な発想で、銅板を切って、その銅板にしょうがなどをすり下ろすためのギザギザを鏨(たがね)で彫ってもらいました。サンマが一匹乗せられるような長四角のお皿の端にギザギザを付けて、自分のサンマに乗せて食べる大根おろしを自分の皿の上で作れるお皿を制作した受講生や、自分の手の形を切抜き、そこにギザギザを付けて、まさに『手ですりおろす』おろし金を作った受講生などもいました。来年度も同様のテーマで開催する予定です。」

 鍛金のような伝統技術を伝承するためには、使い手である私たちもその価値や技術を理解することが欠かせません。デジタルで多くのことが解決できる時代だからこそ、人類が最も古くから使ってきた『叩く』という技術に触れ、その面白さや味わいを体感していただければと思います。

 共同研究等のご相談はOneStop窓口からお願いします。

(文責:学術研究・産学連携本部 コーディネーター 浮田)

 

リンク先

富山大学芸術文化学部教員紹介 https://www.tad.u-toyama.ac.jp/archives/teachers/imabuchi

富山大学公開講座 https://www.reg.u-toyama.ac.jp/learning-koza/

富山大学研究者プロファイルpure  https://u-toyama.elsevierpure.com/ja/persons/junko-imabuchi

Researchmap  https://researchmap.jp/Kon10chi2mai

今淵先生Instagram https://www.instagram.com/imabuchijunko/